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ささくれとハンドクリーム
ケイタは工学部、古路は心理学科だったが、一般教養の授業のいくつかが被っていた。
古路は背が高いイケメンだったので、常に女の子が一緒にいた。
俺を見かけると(というか確実に待ち伏せをしていて)、女の子置いてけぼりにして近づいてくる。
席は当然隣を確保し、親しげに話しかけてくる。
授業中もそっと小指の関節でつついてきて、可愛いキャラクターのメモを渡される。
メモには何も書かれておらず、そこにこめられた古路のメッセージを超能力で読み取るのだ。
『今日、16時に授業終わるよね? 購買の前で待ってるから、近くの喫茶店にスイーツ食べにいこうよ』
授業終わってからしゃべればよくない?
♢♢♢
16時になり、購買の前に行く。
「……マモルも一緒だなんて、聞いてないんだけど」
「もれなく俺がついてくるって言ったじゃん」
「ケイタが黙ってればいいのに」
「スイーツは人が多いほど美味しいと思うから」
と、ケイタは言い訳した。
お店に入り、ケイタとマモルが隣同士で座った。
それぞれ注文が終わると、古路はナプキンを引き、ケイタの手を掴んで自分の手も乗せた。
『二人でデートしたかったのに』
『俺、男と付き合うつもりないんで』
『俺たちって、性別を超えた関係じゃん。テレパシーみたいなことができるんだよ? もう、お互い特別な存在なんだから、性別を気にするのはやめようよ』
『テレパシー的なのはすごいと思うけど、正直しゃべって済むことだよね、このやりとり……』
「あのさぁ、手を握りながらずっと見つめ合うのやめてよ。俺の疎外感半端ないから」
「だから来なきゃいいのに」
「俺だって古路と仲良くなりたいよ」
「俺に興味を持つな!」
注文したスイーツが来た。
「直接脳内で話ができるの?」
マモルがきいた。
「俺たちは、生き物の記憶を読むことはできない。だから、わざわざ物を介して、物に自分の思いを記憶させて、相手の能力で読んでもらうんだ」
古路が言った。
「しゃべったらいいじゃん」
「恋人同士って、そういうもんじゃないだろ」
「たしかに、俺と早乙女も、言葉を交わす前に体で通じ合ってたな」
「一緒にすんなよ」
古路はマモルを睨んだ。
「あ、ケイタ。ささくれできてる」
古路が言った。
「実験でよく手を洗うから、荒れちゃうんだ」
「ハンドクリーム塗りなよ」
古路は自分のを取り出し、ケイタの手にクリームをつけると、念入りに塗り始めた。
「クリームは物だから、今も何か読み取れるの?」
マモルに言われ、ケイタはクリームに能力を使ってみた。
可愛い女の子が、古路にプレゼントを渡している。
『このハンドクリームのシリーズ使ってたよね。新作出てたから、誕生日プレゼントに』
女の子が言う。
『私、ずっと前から、古路君のこと好きだったんだ。良かったら……私と付き合ってほしいな……』
そんな、うらやましいやりとりだったが、どこか寂しそい気持ちになる。
この寂しさは、古路のものだ。
「……彼女からもらったハンドクリーム?」
「違うよ。友達が誕生日プレゼントにくれたハンドクリーム」
「振っちゃったの?」
「そうだよ」
「可愛い子だったのに」
「彼女が俺のこと好きなのは、前から知ってた」
そりゃそうだろう。
「親しくしてればいつか告白される。そして、振らなきゃいけないから、優しくしづらいのが辛かったよ」
「どゆこと?」
マモルがきいた。
「俺、人と仲良くしたいんだ。でも、仲良くすると、すぐ好かれちゃう。で、告白されても振ることになるから、せっかく相手がいい子でも無駄に傷つけちゃうんだ。それが、嫌なんだよ。ずっと、いい友達でいたいのに」
「……モテのレベルが違う……」
ケイタはつぶやいた。
「だから早くケイタとちゃんと恋人同士になって、女の子達とは友達にしかなれない状況にしたいんだ」
「……悩みがねじれ過ぎてて、怒ったらいいのか、悲しんだらいいか、悔しいのかわからないよ」
ケイタは混乱した。
「ご存知の通り、ケイタは告白したこともされたこともなく、ゆえにお付き合いもないわけで。そこに来て、超能力者のテロリストでイケメンが急に恋人になるって、情報多すぎない?」
マモルが心配そうにケイタを見た。
「俺は……正直、恋人に対して無関心なんだよね……。いいな、と思う反面、いざとなったら煩わしいかな、って」
「案ずるより産むが易しだよ。お試しに俺と付き合おうよ」
古路が両手でケイタの手を握る。
「契約したサブスクの解約方法が難解過ぎて、惰性で契約し続ける……みたいになりそうだな」
マモルが言ったが、本当にそうなりそうだった。
―第六話 おわり―
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