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「この場所でよかったですね。もうちょっと上まで行ってたら、かなり危険でしたよ」
視線を階段に向けながら、その人は言った。
冷静さを取り戻しつつあった遥だが、万が一のことを思うと背筋が震えた。
「何か落し物はないですかね?」
男の人はこう言いながら、遥から離れて周囲を見渡した。
その心遣いに、遥の気持ちは再び落ち着きを取り戻した。
「たぶん、大丈夫です。手には何も持ってなかったので」
「一応、バッグの中も確認したほうがいいですよ。あの感じじゃきっと違うと思いますけど、もしかしたらひったくりの類かもしれませんし」
恐ろしいワードが出てきて、遥の気持ちはせわしなく揺れ動く。
返事もせずにバッグに手をかけた。
「……たぶん、大丈夫です。財布とスマホはあります」
仕事上の機密書類なんかは持ってないし、金目のものもない。
なくなったら困るものの無事はすぐに確認できた。
「それならよかった。じゃあ、僕はこれで」
小さく会釈をして、その人は遥の前を歩いて行った。
同じ方向に進む遥は、遠ざかる背中に向かって声を出す。
「あ、あの!」
少しボリュームが大きくなってしまったが、遥の呼びかけに答えたのはさっきの男の人だけだった。
無言で振り向いた彼は、不思議そうな表情で首をかしげる。
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