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一週間後、奥谷は山小屋のドアを乱暴に叩いていた。
あちこちから問い合わせがあると連絡した後、御崎正寅は音信不通になった。だからって、奥谷も別に心配になって来たわけではない。今度は仕方なく来たのだ。
大学のセンセイなら断っていた。が、東京から災害救助隊が本気で来たとなっては、山岳救助という同じ世界にいる者としても無碍に断ることができなかった。
しかも正寅を救助隊員として迎えたいというめでたい話ならなおさらだ。
「トラ! いるのはわかってる。開けろ!」
奥谷が怒鳴ると、しばらく居留守を決め込んでいた正寅も降参したようだった。
ガタッと何かの支えを外す音がして、扉は開いた。
小屋の中は最低限の明かりとして電球が一つだけ点っていた。壁と屋根があるだけで、かなり暖かく感じられ、奥谷と一緒に来た災害救助隊の中澤も上着の雪を払って息をついた。
「無茶しますね。僕が出払ってたらどうするつもりだったんですか」
正寅は不満そうに言って、やかんを火にかけた。
「そもそも、おまえが連絡をしてこないのが悪い」
奥谷が言うと、正寅は肩をすくめた。
「こちら、災害救助隊の本部から来られた中澤さんだ。おまえに半年前から連絡を試みてたが、全然繋がらないって頼って来られた」
奥谷が紹介すると、中澤はリュックから慌てて名刺入れを探し出して、名刺を正寅に差し出した。
年格好は奥谷と同じぐらいだが、少し背が高く、日焼けした奥谷に比べると色白だった。本部の事務方なのかもしれない。しかし身のこなしから見ると、雪山経験もそこそこあるようだった。だからこそ奥谷が連れてきたとも言える。
「中澤です」
そう言う彼の態度は腰が低かった。正寅はペコリと頭を下げて名刺を受け取った。
「どういった……?」
ご用件でと聞こうとしたら、言い終わらないうちに中澤が口を開いた。
「もう一度、災害救助隊に戻って来られないかというお誘いです。あなたの元上司の桜庭を覚えていらっしゃるでしょうか」
「え……あ、はい、まぁ」
正寅は当惑した。
「彼女から優秀な隊員だから即戦力になると推薦があり、また、上層部からも呼び戻すように言われておりまして」
「良かったな、トラ」
奥谷が喜んで言ったが、正寅は困惑するしかなかった。
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