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 *  全身にあった痣も次第に薄くなり、鈍痛だけが残るようになっていった。  事件の後始末も少しずつ進んでいて、事情聴取も終わった今は、もう警察の調べがどう進んでいるかも掴み取れない状態になっていた。  母は看病をするついでに、東京観光もかなり楽しんでいった。  そして大阪に帰るときには、正寅に彼女を作りなさいよと面倒なことを言って帰っていった。  災害救助隊は、しばらく後方支援の業務をするようにと言われた。それは実質、津村が正寅にやらせていたような仕事で、会議の資料作りとか、不備のあった書類の修正などだった。  裏方には各省庁から出向している人員も多く、会計なら財務省、装備なら防衛省、法務なら警察庁、医療連携なら厚生省と消防局など、ありとあらゆる役人がいた。  鳥羽のことでは、まだ不明な点が多く、すっきりきれいに片付けるには時間がかかりそうだということを警察にも聞いていた。彼はまだ昏睡状態のままで、このまま延命をするべきか、脳死判断をすべきかという分かれ道にも立っていた。  身寄りのない鳥羽にとって、正寅は連絡の取れる唯一の血縁関係者だった。  できれば全貌解明が正寅の希望ではあったが、どう判断がつくかは検察や裁判次第ということも聞いた。この事件には、いろんな問題が含まれすぎてるんだ、と津村は言った。  無戸籍児、児童虐待の問題、戸籍売買、不審死、未成年の犯罪、簡単に製造されてしまった爆弾。そういうものを全面的に調整して、一般国民に説明するのは不可能だという結論が出ていた。だから、いくつかは塗りつぶす。  鳥羽は自分の研究を御崎孝雄に奪われたと一方的に恨みを募らせたという単純な構造で事件は既に報道されていた。それはある意味、間違いでもなかったし、正寅もそこに異議はなかった。  ただ、自分と鳥羽が異父兄弟として、どういう生活をしていたのか。鳥羽はどうやって教授職にまで上り詰めたのか。都合よく死んでしまった老夫婦や、御崎孝雄のことは事故や自然死でいいのか。それには触れられていない。 「父の事件だけでも、ちゃんとできないんですか」  正寅は、津村に聞いてみた。 「警察や検察が事故と決めたものを、事件でした、とは言えないんだよ」  津村はそう言って、正寅をねぎらうように見た。 「息子をかばって事故死した父、それでいいじゃないか。逆恨みを被って殺された父、という代名詞よりはね。そう思わないか?」  津村が言う意味はわからなくもなかったが、納得はいかなかった。 「御崎くん、今回の事件、君は何一つとして立ち回りを間違っていない。だからこそ、まわりは感謝してる。真実は君が個人的に探ればいい。公式には年内に結論を出したいと思ってる。事実を捻じ曲げるわけじゃない。いくつかに目をつむるだけだ。わかるね?」  最後の方は少しばかりの圧を含んだ雰囲気で言われ、正寅は津村の目を見つめた。 「これが部長の言う、政治ってやつですか」 「そうだな。桜庭さんにアドバイスはもらったかい?」  そう言われて、正寅はうなずいた。 「心を悪魔に売らずに、悪魔を手懐ける的なことを」  そう言うと、津村はニコリと笑った。 「桜庭さんは賢いね」  正寅は少し考えた。つまりは、桜庭の言っていたことは正しいというわけだ。  汚れた水を飲め、とも彼女は言った。  あいつは、うまいっすねーと喜んで飲みそうだなと正寅は想像して苦笑いした。 「先生は延命処置を終えるんですか」  正寅が聞くと、津村は一瞬首を捻った。 「先生って犯人のこと? そうだね、おそらく年内に処置するだろう」 「公式発表に従うので、先生を生かしておいてくれませんか? 意識が戻る可能性はゼロじゃないって聞いてます。まだ聞きたいことがあって」  正寅が言うと、津村は息をついて微笑んだ。 「それは悪魔に心を売ってないか?」 「わからないですけど、ただチャンスを伸ばしたくて」  正寅が言うと、津村はその目を見返した後、肩をすくめた。 「伸ばせて1年が限界だ」 「じゃぁ、それでお願いします」 「わかってる? 君は今、危険区域に片足、突っ込んだんだよ」  津村がからかうように言い、正寅はうなずいた。 「危険区域は慣れてます」  そう言うと、津村は笑った。 「そうか。ようこそ」  津村が手を出し、正寅はその手を握った。  災害救助は石を採取したかったから入った。省庁のメンツを保つための捻じ曲げは、鳥羽の一年間の命のために飲み込む。そこに大きな迷いはまったくなかった。  鳥羽が目を覚ましたら、ただ母と妹に謝罪をしてほしかった。 「英語の勉強は進んでる? 海外派遣、正式に検討段階に入ってるよ」  津村が話題を変えて言い、正寅は驚いた。 「君を引き上げたい」  津村は小さく笑って、正寅の肩を叩くと、踵を返した。
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