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正面に津村と桜庭、正寅の隣には常に気を使ってくれる中澤が座り、何故か酒席は、正寅の過去の思い出話で盛り上がった。
いや、それは桜庭が同席していた時点で、薄々わかっていた。それに、これは御崎正寅を災害救助隊に戻すための席であり、正寅に気持ちよく酔ってもらうこともミッションの一つだってこともわかっていた。
が、それでも正寅はまだ断るつもりでいたし、断る心の強さにも自信があった。
刺し身が並び、かに料理が出され、正寅が食べたことのない料理もたくさん出た。和牛の寿司なんてのは、家族に持って帰ってやりたいぐらい美味かった。
「で、いつ戻ってくんの?」
水菓子として夕張メロンが出てきたときに、桜庭が聞いた。
「今日は、お断りするために来ました」
正寅はそう言って、正座していたところから少し下がって、頭を下げた。
「申し訳ありま……」
「ほーらほら、でしょ? トラは頑固なんだって」
桜庭が嬉しそうに津村を見て、手を出した。
「本当だな。懐柔したつもりだったのに」
悔しそうに津村が財布から千円札を出し、桜庭の手に載せた。
どうやら正寅の返事についての賭けが行われていたらしい。
正寅はそれについては黙っていた。桜庭のやることに、いちいち目くじらを立てていては、キリがない。それに調子を合わせる津村も、そこそこくだけているのかもしれない。あるいは酒席だからなのかもしれないが。
「でもさ、考えてみてよ、トラ」
茶色い長髪をかきあげ、桜庭が飲み屋の姉さんみたいに半身をテーブルに乗り出して言う。派手なピアスや化粧も、そんな連想をさせる。が、ネイルは透明なコートだけで、いつでもグローブを嵌められる手だということに、正寅は気づく。
「世捨て人みたいにさ、いつまでも山に籠もってるわけにいかないでしょ? いつかは降りてくるわけじゃない? そのときに拾ってくれるのって誰がいるって話よ。あんたは隕石でも鉱石でもないんだから、蹴飛ばされて終わりって感じでしょ。災害救助隊だって、今じゃなきゃあんたを呼び戻そうなんて気にはならないに決まってるよ。そんな価値がさ、ないでしょ?」
箸を振り回しながら説教ぶる桜庭を見て、正寅はムッとした。
いやいや、御崎君は立派な鉱石だよと津村が後ろで言っているが、桜庭はガン無視しておしゃべりを続ける。
「そりゃさ、あんたのお父さんなら見つけてくれるかもしれないよ? でもさ、お父さんもいらっしゃらないわけだし、あんたも石の世界で今から生きてくってのも、ちょっと難しい世界ぽくない? 親の七光りって言葉もあるけど、石の才能なんかが遺伝するわけないし、そもそも血が繋がってないわけだし、無理っぽい話でしょ?」
ん?
「大学の先生とかがさ、同情してバイトぐらいには雇ってくれるかもしれないけどさ、どれだけ稼げるって話よ。その点、災害救助隊は天下の公務員……」
「ちょっと待った」
正寅は桜庭に向けて片手を突き出した。
「年金もハンパないよ?」
桜庭は最後まで言い切ってから、言葉を切った。
正寅は彼女を見つめた。ちょっとグレイッシュな瞳がまっすぐ見返す。
「血が繋がってない、って?」
「あれ?」
桜庭は首を捻った。
「知らなかった?」
正寅はその驚いた顔で、それが冗談じゃないのだと知る。
「いやいや、ちょっと待て。それ、どこ調べのネタだ? どっかのSNSのガセネタだろ。あいつら面白おかしく何でも作り話しやがるから」
「コトちゃんです」
桜庭が妹の名を出し、正寅は落ち着こうと思って飲もうと持った湯呑を握りしめそうになった。
「母上も同席してた」
「なんで、あんたが俺の家族と仲良くしてんだよ」
「コトちゃんに連絡したら、母上もお誘いされたんだよ。こっちが呼んだんじゃない。御崎はもう一度災害救助隊に戻ってくれますかねって感触聞こうと思ったら、3人でグループトークになって、大盛りあがり。コトちゃん、銀座のホテル・バリトンで演奏してるよ、顔出してやったら?」
「出すけどよ、じゃなくて。津村さん、すみません、ちょっと家に電話してもいいですか?」
正寅が言うと、津村はニコッと笑った。
「隊に戻ってくれるならいいよ」
はぁ?と、正寅は口から飛び出しそうになるのをこらえ、ゴクリと飲み込んだ。
「そのぐらい、僕らは本気だ」
津村が微笑み、正寅はじっと彼を見た。
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