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 次に目を開けたとき、視界に入ってきたのは髪の毛を耳にかける美しい女性の顔と、胸の谷間だった。  ここは天国か? 回らない頭で彼はそんなことを思った。 「大丈夫ですか? こんなところで寝てたら風邪引きますよ」  両膝を曲げて覗き込むように彼を見ている女性。不思議そうに首を傾けながら。肌は白く、シミ一つない。肩まである黒髪がさらりと耳から落ちる。それをもう一度掻き上げる仕草に妙に色気を感じた。  彼は地面にうつ伏せで倒れ込んでいた。左の頬には土が付き、短い草の先が鼻の頭に当たっている。どうしてこんなところで寝転んでいるのか、そんなことを思う前に顔に付着した砂や土を払いたい。ゆっくりと顔を上げて体を起こしてみた。  肩や背中や腰が痛む。筋肉痛とはまた違う打ち身のような感覚。 「いててて」  首を手で触ると、染みるような痛みを感じた。 「どこか痛めてるんですか?」 「あー、いや、わからない。どうしてこんなところにいるのか」 「立てます?」  彼女は肩を貸し、支えとなるように体を引き寄せてきた。右腕を彼女の右肩へと回しながらゆっくりと立ち上がる。ふわっと香る甘い匂いが心を癒してくれた。 「私の家、すぐ近くにあるんです。とりあえずそこまで」  痛む足を無理矢理動かして彼は歩き始める。少し背の低い彼女の右肩に女性特有のか弱さを感じ、そんな人に支えられている自分の姿の情けなさを恥じた。 「すいません」 「いいんですよ。困ったときは助け合いですからね」  笑った顔が近くにあった。すぐにでも唇を重ねられる距離感。見ず知らずの男の肩を持ちながら自宅へと案内するこの女性は一体誰なのだろうか。そもそも、どうして自分はあんなところに倒れていたのか。  色々な疑問が浮かび上がる中、彼女の自宅が視線の先に見えてきた。  どこにでもあるような二階建ての一軒家。この辺りは随分と田舎町のようだった。周りは木々で溢れ、街の雰囲気がない。  自分の記憶を辿ろうとしてみるが、それよりも全身に伝わる痛みが優先して思考を停止させる。今はとにかく、傷を癒すことが先だと感じた。 「さあ入って」  彼女は玄関のドアを開けて彼を中へと案内する。すぐに見えてきたのはどこにでもあるような普通の三和土(たたき)だった。靴が揃えられていて、下駄箱がある。その先には廊下が続き、いくつかの扉があった。
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