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 彼女は当たり前のことを当たり前に言っただけ、そんな常識的なニュアンスで話を続けていた。  ここは自分がいた世界ではなく、全く別の異世界。それを無理矢理理解させられた気がした。 「……あの、えっと、詳しく、訊いてもいい? 僕がいた世界では、父、母、僕の三人で同じ家に暮らしていたんだ。こういう一軒家で、二階建てで、自分の部屋もちゃんとあって。父親の書斎もあった。ほとんど物置と化してたんだけど」 「えー、一緒に暮らしてるんですか? うそー、信じられない」  湊が感じた恐怖感とはかけ離れたような詩の驚いた態度に、なんだか拍子抜けしてしまう。これはただの文化の違い、そんな簡単なことだったのかもしれない。 「家族としての形って、この世界ではどうなってるの? 一緒に暮らさないっていうのが普通っていうのは?」 「えーと、順を追って説明すると、母と父が結婚をして、私が生まれました。そこから父は家族のためにこことは違う場所へ行き、ずっと働き続けている。それだけなんですけど」  それだけ、という言葉には冷淡さなどなく、至極当然、常識、当たり前という意味に変換されたようだった。湊はまだ全てを理解していない。もう少しこの世界に触れてみたいと思った。 「別の場所っていうのは? こことは違う離れたところ?」 「はい。キキョウと呼ばれる都市です。父親となった男性は皆、キキョウやヤマアジサイなどの労働都市へと向かうのが一般的です。そこで家族のために金銭を稼ぐのです。それが父親としての役目なので」 「労働都市……。じゃあ、家に帰ってくることはないの? ずっと離れて暮らしているわけ?」 「一年に一度、元日だけは帰省するのですが、それ以外はほとんどずっと。体を壊して動けなくなれば別ですが、そんな人もあまりいないと思うし」  この世界では父親となった男性は将来、家族のために身を粉にして働くのがそれこそ『普通』なのだとわかった。詩は部屋の窓際まで行くと、壁にもたれかかりながら湊との会話を続ける。 「それで寂しいとかは感じないの? お父さんとずっと会えないんでしょ? それはいいの?」 「いいっていうか、それが普通だと思ってたので。それより、どうしてお父さんと暮らしていないことが寂しいという感情になるのですか?」 「いや、だって、愛する家族と一緒に暮らしたいって思うのが普通じゃない?」 「愛する家族、ですか……。愛情は送られてくるものだから、あまりそういう感情にはならなくて」  姿かたちは同じ人間のようにしか見えないのに、中身はまるで違う生き物。湊の前にいる人型の物体が人間ではなく感情を持たないロボットのような、いやそれともまた違うのかもしれない。倒れていた湊のことを介抱してくれたわけだから、人としての優しさは待ち合わせているはずだ。  じゃあ彼女たちは一体どういう存在なのだろうか。そう思ったとき、『愛電』が繋がってくるのだと理解した。
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