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 彼女は指で右肩の部分を差す。ほらここ、と言って人差し指で爪を立てると、皮膚のフタのようなものがポロッとはがれて、銀色のソケット部分が(あら)わになった。それは母親と同じものに見えた。 「うわ、凄い」 「挿してみます?」 「え」と一瞬ためらってしまった湊は、母親を見た。彼女は腕からコードを外し、彼に渡している。壁から出ている白いコードは引っ張るとどこまでも伸びた。それを持って詩の首の辺りに慎重に挿し込んでみた。  ほんの少しだけ彼女の吐息が漏れて、彼はなぜだか変な気持ちになってしまった。 「ど、どうですか?」 「うん。愛を感じます」 「えー、そうなんだ」  ふふっ、と笑いながら振り返る詩の顔がとても可愛くて、湊の心臓はもう一度高い音を立てた。  それからコードを再び母親へと挿し戻し、詩は服を直してキッチンへと向かう。あまりにも現実離れした光景に、彼は未だについていけなかった。ここはどこなのだろうか。日本か?  言葉も通じる、文化も同じ。文明も今のところ自分が知っている日本だ。しかし、明らかに違うのは『愛電』と呼ばれる愛のかたち。  愛情が電気に変換されて送られる、いやそもそも人の体に挿し込み口があるなんてのがおかしなことだ。  彼女たちは人間ではないのだろうか。進化した機械? ロボット? AI? ここは湊が知っている日本ではないのか?  色々な疑問が湧き上がってくる中、コーヒーを淹れた詩がおぼんにカップを三つ乗せてテーブルにそれぞれ置いた。  口にしたホットコーヒーは彼が知っているいつもの味だ。砂糖もミルクも入れたこの味は大人になってから何度も飲んでいる。 「湊さん、他に思い出したことはありませんか? やっぱりおかしいですよ、あんなところに倒れていて、なにも覚えていないなんて。それに、『愛電』のことも知らなかったなんて」  詩は彼の瞳を優しく見つめながらそんなことを訊く。湊は自分になにがあったのか、過去を振り返ってみることにした。今思い出せることを。 「……えっと、僕の名前は河出湊。二十歳になったばかりの大学二年生で、そうだ、友だち二人と旅行に来ていたんだ。三人で山奥にある温泉地へバスに乗って」  (もや)がかかった記憶が段々と晴れていく。自分に起きた直前の記憶が蘇ってくる。 「温泉地? この辺りにそんなとこあったかな。お母さん、知ってる?」 「ううん。知らないわね。どこのことだろう」
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