2

1/4
前へ
/58ページ
次へ

2

 一泊二日の温泉旅行は、春休み後から計画を立てていた。いつも率先して準備を行うのは湊の仕事である。同行する二人の友人は、彼女がほしー、お金ほしー、など欲にまみれるだけだった。  当日は午前九時に名古屋を出発する。そこからバスで二時間半。午前中には下呂温泉へ到着するはずだ。  リュックを持って集合場所へ着くと、木根裕大(きねゆうだい)が手を挙げて湊を呼んだ。 「あれ? あいつは?」  湊が尋ねると、また遅刻だよ、と呆れるように声を出した。大型バスには到着した観光客たちが次々と乗り込んでいく。出発時間が迫り、湊は何度も電話をしてみるが繋がらない。 「これって、来なかったらどうなんの?」 「たぶん、置いていかれる。一人の客の都合なんて気にしてられないだろ」  湊が冷静にそう答えると、マジか、と木根は顔を歪めて声を落とした。そのとき、誰かの声が響いてきたことに気がつく。   「あー、待って待って待ってー! 乗りまーす! 乗りますよー!」  リュックを背負った男が声を張り上げながら走ってくる。哲治だ。 「恥ずかしいわ」 「無視しようぜ」 「だな」  友人の寺坂哲治(てらさかてつじ)は恥ずかしげもなく手を振って二人のことを叫んでいる。 「湊ー! 裕大ー! おーい! ちょっとー! おーいって!」  声が届くところまで来ても、二人は目を背けて哲治のことを無視した。他の客からも失笑が起きている。  バスの前までやって来た哲治は、はぁはぁ、と息を切らしながら両膝に手を置いて呼吸を整えていた。 「はぁ、はぁ、お前らさ、なんで、はぁ、無視、すんだよ」 「行こうぜ」 「だな」 「待って待って、はぁはぁ、ちょっと待ってよ。走ってきたんだからさ、はぁはぁ」 「走ってくんのが悪いだろ。なんで余裕持って来ないんだよ、まったく」  係員の指示に従い、バスへと乗り込んでいく。すでに着席していた他の乗客の視線が気になり、湊は軽く頭を下げて後方の席へと着いた。あー、恥ずかしい、こんなやつを連れてくるんじゃなかった、心の中で哲治を罵倒する。それは裕大も同じだったようで、はぁ、と聞こえるぐらいの大きなため息を吐いたのがわかった。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加