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一泊二日の温泉旅行は、春休み後から計画を立てていた。いつも率先して準備を行うのは湊の仕事である。同行する二人の友人は、彼女がほしー、お金ほしー、など欲にまみれるだけだった。
当日は午前九時に名古屋を出発する。そこからバスで二時間半。午前中には下呂温泉へ到着するはずだ。
リュックを持って集合場所へ着くと、木根裕大が手を挙げて湊を呼んだ。
「あれ? あいつは?」
湊が尋ねると、また遅刻だよ、と呆れるように声を出した。大型バスには到着した観光客たちが次々と乗り込んでいく。出発時間が迫り、湊は何度も電話をしてみるが繋がらない。
「これって、来なかったらどうなんの?」
「たぶん、置いていかれる。一人の客の都合なんて気にしてられないだろ」
湊が冷静にそう答えると、マジか、と木根は顔を歪めて声を落とした。そのとき、誰かの声が響いてきたことに気がつく。
「あー、待って待って待ってー! 乗りまーす! 乗りますよー!」
リュックを背負った男が声を張り上げながら走ってくる。哲治だ。
「恥ずかしいわ」
「無視しようぜ」
「だな」
友人の寺坂哲治は恥ずかしげもなく手を振って二人のことを叫んでいる。
「湊ー! 裕大ー! おーい! ちょっとー! おーいって!」
声が届くところまで来ても、二人は目を背けて哲治のことを無視した。他の客からも失笑が起きている。
バスの前までやって来た哲治は、はぁはぁ、と息を切らしながら両膝に手を置いて呼吸を整えていた。
「はぁ、はぁ、お前らさ、なんで、はぁ、無視、すんだよ」
「行こうぜ」
「だな」
「待って待って、はぁはぁ、ちょっと待ってよ。走ってきたんだからさ、はぁはぁ」
「走ってくんのが悪いだろ。なんで余裕持って来ないんだよ、まったく」
係員の指示に従い、バスへと乗り込んでいく。すでに着席していた他の乗客の視線が気になり、湊は軽く頭を下げて後方の席へと着いた。あー、恥ずかしい、こんなやつを連れてくるんじゃなかった、心の中で哲治を罵倒する。それは裕大も同じだったようで、はぁ、と聞こえるぐらいの大きなため息を吐いたのがわかった。
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