3,川のほとりで

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3,川のほとりで

成美の消息について重大な手掛かりを得たと信じた清香は、ほかに机の上に無造作に置いてあった雑記帳らしきノートを持ち帰ることにし、管理人に礼を言ってマンションを後にした。 帰りの電車の中で、彼女はノートをパラパラと見た。それは日記ではなく、吐き出したい思いを手書きで書き連ねたものだった。 仕事やプライベートでの悩みや不満、苛立ちが、その若干乱れた文字に込められていた。 清香から見て成美は控えめでおっとりした性格だったが、そこに書かれた文字からは普段の成美とは別の貌が浮かんできた。 「頭にくる!」「腹立つ!」と、ポンポン言い放つ清香を、成美は穏やかに「まあまあ」となだめる役回りだった。 あの頃(中学時代)から10年以上経つのだから、無理はないかと、清香は自身を納得させた。 職場のパワハラ、付き合っていた男の裏切り……。 それらは世の中にありがちなこととはいえ、純粋な成美にとってどれほど傷が深かったか、そのノートの文字たちが訴えかけていた。 そしてまた、生きていく自信がないといった悲観的な言葉も見受けられた。 現実に行き場のない悲観の言葉は、冥界へとフラフラ漂っていったのだろうか。 一言相談してくれたらと、清香は苦い思いがこみ上げた。 しかし、2人の間にできた距離が、成美に旧友に相談することをためらわせたのかもしれない。 色々なことを考えているうち、清香はうとうとし始めた。 眠りの中で彼女は中学生の頃に戻り、成美の家のそばにある川の土手に並んで座っていた。 川は幅が20メートルほどあり、両岸には道のついた土手があって、自転車がよく通った。 桜などの木をあまり植えていないので、その分見晴らしがよかった。 川は氾濫することもなく1年中穏やかに流れ、魚が棲むくらい澄んでいた。カワセミなどの水鳥も飛んできて、自然豊かだった。 成美はここがお気に入りの場所で、1人でよく来る、ずっといても飽きないと言った。 ある時、成美がつぶやくように口にした。 「川はどうして流れているのかな」 「えっ、どうしてって、考えたことないけど、川は大抵流れているよね。高い所から低い所に流れるだけじゃなくて、平らな場所でも流れているね。それが当たり前だと思っていたけど」 「灯篭流しって知ってる?」 「聞いたことはある。お盆の時に、ロウソクを入れた箱を川に流すんでしょ」 「そう。それで、あの世に流れて行くの。川が運んで行ってくれるのね」 成美はどこかうっとりした口調で言った。それに対して、清香は反発した。 「川は、海に向かって流れているんだよ」 「それはそうだけど、でも川はあの世のある場所や行き方を知っているみたい」 「それって、三途の川のことでしょ?」 清香は、川の流れに思いをゆだねている友を少し疎ましく感じて、そのあとしばらく黙っていた。 ふと目に着いた黄色いタンポポの花になぜかほっとし、愛おしく思った。
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