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4,引っ越し屋 加呂
清香は帰宅するとすぐ、成美のメモにあった引っ越し屋加呂の電話番号にかけた。なかなかつながらずあきらめかけた時、「はい、引っ越し屋加呂ですが」と、面倒くさそうな男の声がした。
「あの、ちょっとお尋ねしたいんですけど」と、清香は飛びつくように話した。
「そちらに引っ越しの依頼をされて、おととい引っ越した方についてですが」
「ああ、お客さんの情報は秘密なんですよ」
と、加呂が清香の言葉を遮った。
「えーと、森澄成美さんという人なんですけど」
清香はめげずに粘ったが、「だから、お客さんの情報はお教えしませんよ」とはねつけられた。
相手が電話を切りそうになったので、清香は慌てて言った。
「それじゃ、引っ越しの依頼ならいいんですね?」
「そうだけど」
「なるべく早く、明日にでもお願いしたいんですけど」
ダメ元で言ってみたが、意外にも返事がOKだった。
「み、見積もりとかしないんですか」
「はい、うちは特殊な引っ越し屋なのでね。貴重品だけ持ってきてください」
そう言って、加呂は場所を指定した。
引っ越しトラックが来て荷物を運び出す通常の引っ越しとは全く違うのだと、清香は成美の引っ越しの状況を思い出した。
引っ越し屋加呂が指定した場所は、T川の河川敷だった。T川は比較的大きな川で、その河川敷には浮浪者の掘立小屋が点在しているらしい。
常軌を逸した怪しい引っ越し屋の所へ1人で行くことに清香は不安があったが、幸い心強い助っ人が同行することになった。
それは、清香の3つ上の兄、道幸(みちゆき)だった。彼は東京で一人暮らししていたが、時々連絡を取り合っていて、たまたま成美のマンションに行った夜に連絡してきたのだった。
成美はよく清香の家に来たので、道幸も顔なじみだった。純情そうな成美に道行は好感をもっていたようで、成美も空手道場に通ったり体育会系で頼りがいのある道幸を、眩しそうに見ていた。
事情を説明すると、道幸は即座に助っ人を買って出た。清香同様、仕事は二の次だった。
翌日、指定場所の最寄り駅で合流した2人は、身内ならではの気安さで挨拶もそこそこに河川敷に向かった。
ホームレスがたむろしているようなうらぶれた雰囲気の場所に、目印のテントがあった。
といってもホームレスの小屋と大差ない薄汚いテントで、その前に1人の男が待ちかねた様子で立っていた。
小鬼という形容がピッタリの小柄な老人で、周りの雰囲気に溶け込んでいた。
清香が警戒しつつ近寄って「加呂さん?」と声をかけると、小鬼に似た男は清香と道幸をジロッと一瞥して、「そうだ」と答えた。
「人数は2人で、荷物はそれだけ?」
と、清香のスーツケースを指さした。そして、「あれに乗っていきます」と言って、川岸にある小舟の方へ歩きだした。
清香は慌ててその後を追いながら「舟で行くんですか、行き先は?」と声を張り上げた。
「行けばわかる。行くの、行かないの?」
加呂は一瞬だけ足を止めて、ぞんざいに訊いた。
成美を救うには行くしかないと清香は確信し、「行きます!」と叫んだ。道幸も真顔で頷いた。
清香と道幸が手漕ぎの小舟に乗り込むと、加呂は「しばらくこれをつけてもらうよ」と、2人にアイマスクを手渡した。
2人は怪訝に思ったが、従うしかないと、覚悟を決めた。
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