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1,引っ越し通知ハガキ
上野清香は、仕事から帰宅してマンションの郵便ポストにDMなどと一緒に入っていた1枚のハガキを見つけた。
差出人、森澄成美(もりずみなるみ)は、清香の中学2,3年の時の同級生で親友だった。
当時は毎日のように会って話をしていたものだが、進学した高校が別々で自然に会う機会が少なくなり、さらに成美が東京の大学に入学し清香は地元の大学に進んだため、疎遠になった。
会うのは成美が帰省した時ぐらいでそれも回数が少なかったが、会えばかつて親友だった頃の親しさは表面上甦った。の
とは言え、社会人になった今と中学生の頃との間隙を埋めることは難しかった。
最後に会ったのは今年の正月で、今は7月の初めなので、半年以上経っている。
その半年以上の空白が、清香と成美の間に道路を遮断する落石のように立ちはだかっていた。
それゆえ、清香にとって成美のハガキは唐突であり不可解なものだった。
「このたび左記の住所に転居しましたので、お知らせします」
と印刷されていて、引っ越し通知ハガキであることは明白なのだが、「新住所」の所に書かれているのは「よもつひらさか」の文字だけだった。
「何、これ?」
その不可解な文字は、清香の心に不吉な揺さぶりをかけた。
都道府県名抜きで「よもつひらさか」って……。
明らかにおかしいと、清香は首を傾げた。
調べてみると、島根県に「よもつひらさか」はあるが、それは出雲神話に出てくるこの世とあの世の境界の坂ということだった。
そして、清香の不吉な予感は、居ても立っても居られないレベルまで跳ね上がった。
清香はまず成美の携帯にかけてみたが、電源を切っているのか電波の届かない所にいるのか、つながらなかった。
そのことが、あの世に通じる坂が呼び起こす悪寒に拍車をかけた。
清香は今や着替えることも忘れて、次の手段に移った。
成美の実家に電話をかけたのだ。中学生の頃、2人の家は歩いて10分くらいの距離にあり、よく行き来したものだった。
それで成美の母親とも顔なじみだったので、ためらうことなく電話した。
「あら、清香ちゃん、久しぶりね」
のんびりした調子で電話に出た成美の母親に、清香は単刀直入に訊いた。
「あの、成美ちゃん、最近引っ越したんですか」
「えっ、引っ越したなんて聞いてないけど」
「私の所に転居ハガキが来て、そこに変なことが書いてあったので気になったんです」
「変なことって?」
清香は「よもつひらさか」のことを説明した。成美の母親は狐につままれたような反応を示したが、それが意味する可能性を清香が口にすると、震え声になった。
「成美がそんな……、どうしましょう」
成美の母も清香同様、居ても立っても居られない気持ちであることが、声の震えから伝わってきた。
母親は、清香以上に娘の心情を理解できなかった。しかしそれゆえに、心配は目隠しされた状態のように増大するのだった。
「お母さん、私、明日仕事を休んで東京の成美の部屋に行ってきます」
清香は成美の母を励ますように、きっぱり言った。
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