【まかない】シア「ニラトジ」

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【まかない】シア「ニラトジ」

 シアの朝は早い。  日が昇る前に目覚め、世話係のクーチェの隙を突いて、外出ならぬ脱走を図る。  途中、スライムの群れに微笑み、ゴブリン同士の喧嘩に遭遇した時には両成敗する。  トロルがシアを見つけると、雑草を引っこ抜き、求愛行動を示す。それを軽くかわして、更に歩いていくと、冒険者達と鉢合わせた。  しかし、冒険者達がシアの姿に気付くことは無い。  何故ならば、シアの姿が見えていないからだ。  気付けば、そこにいる。  だが、どうやってそこに来たのかは、誰にも分からない。  その答えを知る者は、シアだけだ。 「また暖簾が掛かってないわ」  呆れた表情で、シアは溜息を吐く。目の前には、名も無き料理屋の入口があった。  他種族の視線に留まることなく、シアはニュールメルト城下町へと足を踏み入れ、空腹街へと辿り着いてしまったのだ。 「――ッ、来るならせめて扉をノックしてくれ」  名も無き料理屋の扉には、鍵が掛かっている。  店主のホルツの許可が無ければ入ることは出来ない。  けれども、シアは違う。  シアだけは例外だ。 「わたしと貴方の仲でしょう、ホルツ?」  ニコッ、と笑い掛け、シアはカウンター席に腰掛ける。  見た目は人族だが、その実態は魔族だ。  底知れない魔力を持ち、空腹街へと足を運び、食を求める。  シアの空腹を止め、満足させる為には、此処へと出向く必要があるのだ。 「ねえ、お腹空いたわ。何か作ってちょうだい」 「仕方ないな」  仕方ない、と言いつつも、ホルツはすぐに準備に取り掛かる。  ホルツとシアが再会してから一月(ひとつき)が過ぎたが、二人の関係は既に固まりつつある。  シアに料理を振る舞う役が、ホルツ。  ホルツが作る料理を食べる役が、シア。  ついでに、脱走したシアを迎えに来る役が、クーチェだ。 「今日は何を作ってくれるのかしら?」  楽しげに、両足をぶらつかせる。  十五歳か十六歳ほどの見た目のシアは、実に綺麗な顔立ちをしていた。  魔族の中でも、人型を取れる存在はごく僅かだ。より位の高い魔族ほど、人型を取ることが可能となる。  つまりは、シアもクーチェも、魔族の中では上位に位置することになる。 「ちょっと待ってろ」  冷蔵庫を開け、ホルツは材料を確認してみる。  ニラがあった。 「シア、ニラは食えるか」 「ニラ? って何かしら」 「すまん、食ったことないか」  ニラは、異世界の食材だ。  幼い頃に食したことがあるかもしれないが、シアが憶えているか否か。 「わたしね、好き嫌いは無いの。ホルツが作ってくれるなら、何でも食べてしまうわ」 「……そりゃどうも」  嬉しい言葉を受け、ホルツは視線を逸らす。  一息吐き、タマゴとニラを冷蔵庫から取り出して、調理の準備を整え始めた。 「まあ、食いしん坊のシアなら心配ないか」 「あら、それはわたしにとって褒め言葉にしかならないわ」 「そのつもりで言ったんだよ」 「ふうん? 良く分かっているわね、わたしのことを」  肩を竦め、ホルツはフライパンを熱する。  タマゴの殻を割り、上に落とすと、菜箸で溶き始めた。  次いで、ニラを投入する。  後は焼け具合を確認し、食べ頃になったら皿の上に移すだけだ。 「ほら、出来た」  皿の隣に、ショウユを置く。  すると、シアがショウユの入った小瓶を手に取った。 「これを掛ければいいのね?」 「ああ、正解だ。……まあ、そのままでもいけるけどな」 「それじゃあ、一口目はそのまま食べてみるわ」  食材そのものの味を堪能する。  その上で、更なる味の底上げを求める。  食に対するシアの貪欲さは、幼い頃に通った名も無き料理屋によって鍛えられた。 「いただきます」  今日も、名も無き料理屋に声が響く。  満足気な表情で皿の上を少しずつ片づけていくのは、魔族の女の子だ。  そして、その様子を見て口の端を上げるのは、名も無き料理屋の店主。  昔と比べて、ほんの少しだけ、二人の関係は変わりつつあるのであった。
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