【九品目】クレッド「ヒジキチャーハン」その②

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【九品目】クレッド「ヒジキチャーハン」その②

「あっ、おかえりなさいホルツ! クーチェも一緒だったのね」 「おかえりなさい、じゃないだろ」 「シア様、帰りますよ」  三人のやり取りに、クレッドは首を傾げた。店が開いたと思ったら、次々に人が現れたのだ。 「三人共、お店の人なのか?」 「僕だけだ」  クレッドの問いに、ホルツが答える。  次いで、シアがにんまりと笑い、うんうんと頷いてみせた。 「毒味担当のシアよ。このお店の料理の味は忘れられなくなるはずよ」 「お、おお。それは楽しみだ……」  ずいっと前に来られて、クレッドは一歩後退する。  クーチェが椅子を引き、手の平を向けた。その席に座れ、と促しているのだ。 「私は名乗りませんので。必要ありませんし」 「クーチェはクーチェよ」 「名乗らないって言ったのに何故言うんですかシア様ッ!」  クーチェの名前がバレてしまったところで、ホルツは着替えを済ませる。  手を洗い、冷蔵庫の中を確認してみた。幸いなことに、ゴハンは炊いている。  それにヒジキを加えることで、ホルツはヒジキチャーハンを作ることに決めた。 「あれ、メニューは無いのか?」 「このお店にはメニューが無いの。何が出てくるかはお楽しみよ」  シアの台詞に、クレッドは胸を高鳴らせる。本来であれば、入ることの出来なかった店だ。どんな料理が出てくるのか、その時にならなければ分からない。  クレッドは、料理が運ばれてくるのが、楽しみで仕方が無かった。 「見たところ、冒険者のようには見えないが」  今回の材料は、ゴハン一人分にヒジキが五十グラム、イリゴマを大匙一回分に、チリメンが十グラムだ。中華鍋を置き、火を掛ける。ゴマアブラを大匙で入れて十分に熱した後、先ずはゴハンを入れた。 「ああ。俺は研究者をしている。魔法のあれこれについて、日々勉強勉強だ」  クレッドは、ホルツの質問に答えた。ニュールメルト城下町に住むクレッドは、日々の生活に役立つ魔法の研究や、魔法と魔法を組み合わせて新たな魔法を生み出す研究に没頭している。  研究し続けていると、腹が空くのも早い。  空腹街のそばが勤め先ということもあって、朝昼晩と飯を食べに空腹街を彷徨う。  それがクレッドだった。 「魔法か、僕にはサッパリだな」 「簡単な魔法もあるぞ、教えてやろうか?」 「いや、料理を作るので精一杯だからな、遠慮しておくよ」  クレッドの申し出は有り難いが、ホルツは料理の腕を上げる為に日々を費やしている。  魔法の勉強を始める余裕など、全く無いのだ。  少し残念そうなクレッドを横目に、ホルツはゴハンをほぐしながら炒めていく。  そこにヒジキ、イリゴマ、チリメンを加えていき、よく混ぜる。  仕上げに、薄口のショウユを混ぜて、味を確かめてみた。 「……よし、これでいい」 「毒味役はわたしでしょう? ほら、小皿に入れて」  シアの文句が飛ぶが、ホルツは我関せず。  ヒジキチャーハンを更に盛り付けて、上からアオノリとベニショウガのみじん切りをふり掛ける。これで完成だ。 「食べてくれ」  美味しそうなにおいの料理が、クレッドの前に置かれた。  ヒジキチャーハン。  それが、今回のメニューだ。  スプーンを手に、クレッドはヒジキチャーハンを口へと運ぶ。  一口、咀嚼。また一口、モグモグと食べていく。  チャーハンだけでも美味しいが、そこにヒジキが加わり、程よい変化を齎す。  美味い。  それが、クレッドの感想だ。 「これは美味いな。毎日食いに通いたい」 「ああ、それは無理だな」  最大級の褒め言葉に、ホルツは首を振る。  何故、無理なのか。クレッドがスプーンを持つ手を止めて、顔を上げる。  すると、ホルツは淡々と答える。 「食材が無い日は、店を開けないからな」  今宵、クレッドは名も無き料理屋で、ヒジキチャーハンと出会った。  その味には満足したものの、二度目の食事にありつくまでに暫く時間が掛かりそうだと知り、悔しそうに肩を落とすのであった。
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