【一品目】クーチェ「ヘルシーオムレツ」その①

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【一品目】クーチェ「ヘルシーオムレツ」その①

 大陸カレスティア。  此処では、人族、異世界人族、エルフ族、獣人族、ドワーフ族、魔族の、六つの種族が存在する。そのうち、魔族以外の五つの種族が共存していた。  種族の比率としては、半分以上を人族が占めており、次いで獣人族、ドワーフ族、魔族、希少種のエルフ族、両手の指で足りるほどの異世界人族となっている。  種族は違えど、目指す先が重なることは日常茶飯事だ。  魔族の王の首を獲る為に冒険者となり、魔物狩りに精を出す者がいる。  かと思えば、武具を作る職人や、売買を生業とする商人になる者もいる。  そんな彼等に共通するものが、一つだけ。  異なる種族が互いを認め合い、分かり合う為に必要なことは、食だ。  異世界カレスティアでは、食こそが求められていた。      ※ 「……シア様、お店を間違えてませんか?」  その日、シアは一人では無かった。  ふわふわの黒いローブに身を包んだ女性が、シアの隣に立っていた。  その女性は、眉をしかめながらシアに問いかける。  すると、シアは口角を上げ、小さく頷いた。 「間違えてないわ。このお店に、クーチェを連れて来たかったの」  ニュールメルト城下町には、食を極めし空腹街がある。その端に、二人は佇んでいた。 「でも、閉まってますよ?」 「あら、わたしを疑うの?」 「勿論です」  クーチェと呼ばれた女性は、はっきりと答えた。  これまでに、クーチェは幾度となく、シアの気紛れに付き合い、苦労を重ねていた。  だからこそ、ついつい疑い深い性格になっていた。 「暖簾が掛かってないじゃないですか。閉まってますよね?」 「ホルツったら、また付け忘れているのね」  はあ、と溜息を吐いて、シアが腰に手を当てた。  確かに、暖簾は掛かっていない。だが、店内には明かりが灯っている。 「さあ、行きましょう」  シアが扉を開ける。暖簾は無いが、鍵は掛かっていなかった。  中に入れ、とシアが合図する。その姿を見て、クーチェは歩を進めた。 「うわっ、狭いですね」 「はっきり言う人だな」  クーチェの視界の端に、もそりと動く人物がいた。このお店の店主、ホルツだ。 「えっ? ああっ、すみません! まさか人がいるとは思ってませんでした!」 「そりゃいるさ、此処は僕の店だからな」  クーチェの言葉に、ホルツは肩を竦めた。  くつくつと笑うシアは、椅子を引いてクーチェを座らせる。 「彼がホルツ。このお店の店主よ」 「あ、初めましてです。私はクーチェと言いまして、シア様のお世話係をしてます」  ぺこりと頭を下げて、クーチェが自己紹介を済ませる。  一方のホルツは、コップを二つ手に取り麦茶を注ぐ。 「僕はホルツだ。よろしく、クーチェ」  挨拶を済ませたホルツは、シアへと視線を移す。  それに気づいたシアは、楽しげに微笑んだ。 「あの、暖簾ありませんでしたけど、開いてるんですか?」 「付け忘れてしまったのよね、ホルツ?」 「そうじゃない、つけたら客が入ってくるからつけてないだけだ」 「空腹街にお店を構えているのに、勿体無いわね」 「店を開くのは僕の気紛れだ。シアに言われる筋合いは無い」 「ふうん? それならどうしてゴハンを炊いているのかしら?」 「これは、……僕の分だ」 「その炊飯器、何人分なの? まさかホルツ一人で平らげるつもり?」 「ぐっ、ただ飯食らいに言われる筋合いは無い!」 「素直にわたしが来るのを待っていたと言えばいいのに」  二人の会話の応酬に、クーチェは目を瞬かせる。  シアが空腹街に足を運んでいたのは、薄々気づいていた。  幼い頃、シアの父は、シアを連れて空腹街や異世界の料理店へと食事に出掛ける機会が多かった。その懐かしさから、今また通い始めたのだろう。クーチェはそう思っていた。  だが、現実はどうだ。シアには、いつの間にか男がいた。  数ヶ月の間に、軽口を叩き合える仲の男が現れたのだ。長年シアの世話係を務めるクーチェにとって、それは驚愕に値する事態であった。 「あの、このお店って名前はなんて言うんですか?」  話題を変えよう。意識を自分へと移そう。 「それがね、まだ無いのよ」 「まだ……無いんですか?」  クーチェは、シアの視線が自分へと移ったことに安堵し、その思考に溜息を吐く。  シアの世話係を務めるクーチェにとって、現状は芳しくない。見知らぬ男にシアを取られてしまうかもしれない。ネガティブな思考に頭を混乱させつつあった。 「ええ。でもまあ滅多に開かないお店だから、名も無き料理屋もアリよね」  名も無き料理屋が、空腹街で生きていけるのか。  空腹街に軒を連ねる全ての料理屋が、ライバル店なのだ。  現状を見るに、潰れる一歩手前としかクーチェには思えなかった。 「それで、今日は何を作ってくれるの?」  クーチェの横に腰掛け、シアが訊ねた。  すると、ホルツは視線を戻す。 「いつもの奴か?」 「ううん。確かにそれもいいと思うわ。でもね、ホルツの料理の腕を鍛える為に、色んな料理を食べてみたいのよね」 「えっ、……あの、メニューって無いんですか?」  それは、当然の疑問だ。  眉を潜めるクーチェは、まだこの店のシステムを理解していない。 「悪いが、メニューは無いんだ」  過去に取引を行なっていた仕入れ業者とは、既に関係が切れている。  それ故、仕入れ問題は解決されていない。  その日その日で、メニューは変わるのだ。 「はあ、そうなんですか……」 「ホルツ、それじゃあ何を作ってくれるのかしら」  シアが、楽しそうに口を開く。  いつもの奴ではない、別の料理を食べること。それが凄く楽しみなのだ。 「そうだな、材料的にすぐ作れるのは……」  冷蔵庫を開ける。  そして、ホルツは思考をまとめた。 「ヘルシーオムレツ、ってところだな」
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