【二品目】クーチェ「ヘルシーオムレツ」その②

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【二品目】クーチェ「ヘルシーオムレツ」その②

 先ずは、下ごしらえだ。ニンジンを薄く拍子木(ひょうしぎ)切りにし、ホウレンソウを細く切っていく。同時に、トウフを布巾で包み、軽く水切りを済ませる。 「二人は、昔からの知り合いか」  包丁を手に、ホルツは口も動かす。シアは頷き、クーチェは相槌を打った。 「先ほども言いましたけど、シア様が幼い頃からお世話係をしてます」 「一緒に成長して、裸の付き合いもしてきたわ」 「お風呂に御一緒しただけですからね?」  フライパンを熱し、ゴマアブラを入れる。  ニンジンとホウレンソウ、それにチリメンを加えて、炒めていく。 「なるほどね、仲が良いのも頷けるよ」  親指と人差し指でシオを摘まみ、パラパラと降り掛けた。  料理に集中しながらも、ホルツは二人との会話を続ける。  ボウルに酒とゴマアブラ、薄口のショウユを入れ混ぜて、タマゴを入れてほぐしていく。その中に、炒めたニンジンとホウレンソウ、チリメンを加えて、更にトウフを潰し、混ぜ合わせる。再度、熱したフライパンにゴマアブラを入れ、混ぜ合わせたものを四分の一ほど落とし、形を整えていく。残りも少しずつ加えていき、タマゴが半熟になるまで焼き続ける。  丁寧に形を整えたら、皿へと移す。皿の端にケチャップを載せれば完成だ。 「はい、出来たぞ」 「もう出来たんですか?」 「へえー、見たことない食べ物ね」  クーチェが驚き、シアは頷く。  一品料理を仕上げ、二人に振る舞うホルツは、一息吐く。 「ホルツが作る料理は空腹街でも例外なの」 「例外……?」  小首を傾げ、クーチェはシアを見る。すると、シアの代わりにホルツが口を開いた。 「元々、カレスティアには存在しない料理だからな」 「え、それってどういう意味なんですか?」  そこまで言って、クーチェは答えに辿り着く。 「もしかして、ホルツさんは異世界人族ですか?」 「正解」  なるほど、とクーチェが呟く。だとすれば、出てきた料理にも納得がいく。  カレスティア大陸には六つの種族が存在するが、中でも最も数が少ないのが、異世界人族である。異世界人族は、カレスティア大陸とは異なる世界の住人であり、特別な力を持つとされている。  類稀なる剣の腕を持ち、最高の剣士として名を馳せた者。  元々は存在しなかった魔法の基礎を構築した者。  知力を活かし、カレスティア大陸の発展に貢献した者。  更には魔に力を求め、過去に魔王と呼ばれた者。実に様々だ。  そんな中、ホルツには特にこれといった力は備わっていなかった。  唯一、異世界でも役に立ちそうな特技が料理だった。だからホルツは異世界でも料理屋を開くことにしたのだ。 「食べてもいいんですか?」 「食べてもらう為に作ったんだ」  箸を取り、クーチェは皿の上の料理を瞳に映し込む。  シアはと言うと、クーチェの横顔を見ていた。  ヘルシーオムレツ。カレスティア大陸では、見たことの無い料理だ。これは異世界の料理なのだろうか、とクーチェは首を傾ける。  ただ、問題点は別にある。重要なのは、美味しいか否かだ。  クーチェは、オムレツを箸で割く。一口サイズを掴み上げ、口へと運ぶ。  最初は、ケチャップを付けずに食べてみる。元々の味を確かめたかったのだ。 「……クーチェ、どうかしら」  咀嚼し、口の中が空になる。そんなクーチェに、シアが話し掛けてみた。 「素直に言った方がいいですか?」 「その方が、僕としても助かる」  もう一口、更に一口、ケチャップを付けて食べていく。  味の感想を言う前に、クーチェは全てを平らげてしまった。 「これが答えです」 「完食ってことは、つまり満足してもらえたってことか」 「……まあ、そうですね」  視線を逸らし、クーチェは麦茶を飲む。その姿を、シアがニヤニヤしながら見ている。 「魔界では、そもそも美味しい物を食べることが出来ませんから、感想を言えと言われたら、当然美味しいに決まってるじゃないですか」  何故かふてくされた表情で、クーチェが言う。  シアの世話係としてのプライドや誇りがあるからか、ホルツを認めたく無かったのだ。  しかし、ホルツが作った料理は、クーチェの舌を満足させた。 「あっ」  とここで、クーチェは気付く。言ってはならないことを口にしていたのだ。 「シア様ッ、すぐに逃げ……」 「その必要は無いわ、安心して」  席を立ち、クーチェはシアの腕を掴む。  だが、シアは動かない。それもそのはず、動く必要が無いからだ。 「知ってるさ、きみが魔界の住人だってことはな」  クーチェは、魔界では、と言った。  それは、シアとクーチェが魔界の住人だと言うことを物語っている。  異世界カレスティアには、六つの種族が存在するが、その中でも唯一、魔族だけが共存を拒んでいた。そして、シアとクーチェは魔族だ。本来であれば、空腹街に足を踏み入れることは出来ない。禁じられているのだ。  魔族は討伐対象だ。同時に、魔族にとって他種族は、ただの敵だ。相いれない関係であり、決して交わることは無いはずだった。けれども、 「昔から、気付いていたからな」  ホルツは苦笑する。慌てふためくクーチェの姿が、可笑しかったのだろう。 「客の秘密は守る。約束だ」  地球にいた頃、店に来ていた客は、得体の知れない何かだった。  しかしいつの頃からか、彼らが魔族であることにホルツは気付いていた。 「魔界には美味しい物が無いのなら、気が向いた時に来ればいいさ」 「また、来てもいいんですか?」  ホルツを見て、シアを見る。  そして、もう一度ホルツへと視線を戻した。  そんなクーチェに頬を緩め、ホルツはしっかりと頷く。 「今後とも、名も無き料理屋を御贔屓に頼むよ」
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