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【三品目】レニィ「アボガドジュース」その①
その日、レニィは空腹街を彷徨っていた。
金貨一枚の対価として、レニィは奴隷商人に引き渡され、故郷の地を離れていた。
二つの山を越える途中、魔族の襲撃に遭い、運良く逃れることができたが、行く先は無い。故郷の地に戻ろうとも、愛すべき両親は、もういない。そこに待つのは、レニィを裏切り、見捨てた者だけだ。
着飾ることは一度も無い。
腹いっぱい美味しい物を食べたことも無い。
ボロボロの服を着込んだまま、ただ必死に山を下り、逃げ込んだ先が、ニュールメルト城下町であった。
「お嬢ちゃん、ちょっといいかな?」
兵士が声を掛ける。
けれども、レニィは止まらない。
立ち止まれば、何をされるか分からない。何処に連れて行かれるか定かではない。
恐怖だけが心を支配し、全身を震わせている。それでも懸命に足を動かし、兵士の制止を振り切り、城下町を駆けて行く。
そして気付いた時には、空腹街へと迷い込んでいた。
「……あ、あ」
そこかしこに、美味しそうなにおい。
レニィの鼻孔をくすぐり続けた。
「入ってくんじゃねえ!」
フラフラと歩き、とある店の前へと近づく。
だが、あっちへ行け、と追い払われた。
見た目は、浮浪者と何ら変わりない。
追い払われるのも仕方がなかった。
食べ物が、目の前にある。
それなのに、食べることが出来ない。
レニィは、此処が空腹街であることを知らないが、空腹街で空腹を満たすことが出来ないとは、実におかしなことであった。
お腹が空きすぎて、足が止まる。
もう、これ以上歩くことは出来そうにない。
レニィは、そう思った。
そんな時、
「貴方、大丈夫?」
銀に煌めく髪を背に垂らした女性が、レニィへと声を掛けた。
レニィは、もはや抵抗する気力も無い。
その女性に手を取られ、肩を借り、空腹街の端へと連れて行かれる。
やがて、ひと気が少ない場所まで来ると、歩を止めた。
「全く、また暖簾が掛かってないじゃないの」
頬を膨らませながら、銀髪の女性は扉を開ける。
疲れが溜まり、空腹によって意識が朦朧とする中、レニィは椅子に座らされた。
「……シア、お前は客引きか?」
「だって、そうでもしないと潰れちゃうでしょう? 反論はあるかしら、ホルツ?」
レニィの耳に、話し声が届く。
男女――ホルツとシアの言い合いが少し続き、ホルツが溜息を吐く。
「それで、この子の為に何を作ってくれるのかしら?」
くすくすと笑うシアは、楽しそうに問い掛ける。
すると、思案顔のホルツは、レニィを見ながら一言、
「先ずはジュースでも作るか」
レニィは、まだ子供だ。
ゴハンを食べさせる前に、ジュースを飲ませて気を引かせよう。
ホルツは、そう考えた。
「ねえ、ホルツ。わたしの分もあるのよね?」
「余ったらな」
シアを軽くあしらい、ホルツは子供が喜ぶジュース作りに取り掛かるのだった。
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