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【六品目】ジェリスタ「サンマノシオヤキ」その①
オークの群れが、一人の魔法使いを取り囲んでいた。
蓄えておいた魔力は枯渇し、魔法を扱うことは出来ない。山の中に迷い込み、魔力が底を突いたのが運の尽き、もはや現状を打破することは不可能であった。
「間抜けが、見た目で判断しやがって」
だが、その魔法使いに焦りは無い。
杖を直し、剣を手に構え直すと、一呼吸置いた。
「真っ二つにしてやる」
地を蹴り、オークとの距離を詰めると、剣を横に振り抜いた。
すると驚くことに、剣はオークのニクを裂き、骨をも斬り抜き、胴体を真っ二つにする。
「先ずは一体、……次はどいつだ」
仲間の死に慌てふためくオークだが、魔法使いは躊躇わない。
杖を使わずに剣を手に、一体、また一体と、オークの息の根を止めていく。
やがて、残る一体を斬り刻み、剣を鞘へと納めた。
「俺はジェリスタ。魔法使いじゃなくて魔法剣士だ。良く覚えておくんだな」
最も、次に会うことは無い。
何故ならば、この場で生き残った者は、ジェリスタただ一人だからだ。
「さて、腹が減ったな……」
魔物討伐で、ジェリスタは空腹になっていた。
一先ず、ギルドへと顔を出し、討伐報酬を得ることにしよう。
そして、稼いだお金で腹を満たそう。
ジェリスタは、そう考えた。
「今日は何を食べるかな」
一番の楽しみは、食事だ。
美味しい物を食べる為に、冒険者になったといっても過言ではない。
魔物討伐には危険がつきものだが、報酬は多い。それ故、空腹街で美味しい物を食べ歩くことが可能であった。
「新しい店を開拓してみるか……」
ごくりと喉を鳴らし、山を下りる。
行く先は、空腹街。
腹を空かせた人々を満足させる食の街だ。
食事への期待に胸を高鳴らせる。
ジェリスタの足取りは、実に軽快であった。
※
「くそ不味い……」
なんだあれは、なんでこんな店が此処にある。
此処は空腹街だ、食の到達点だ。
それなのに何故、俺は不満顔なんだ。
ジェリスタが入った店は、空腹街では珍しく不味いと評判の店であった。
予想を覆してくれることを期待していたのだが、結局は予想通りの結果となってしまい、怒りに身を震わせていた。
「ちっ、苛々する」
空腹街の単価は、決して安くは無い。
その分、見合っただけの味を提供してくれる。
だが、今夜の料理は明らかに見合っていなかった。
「……ん?」
苛々を顔に出したまま、気付けば空腹街の端へと歩き付いてしまった。
そこでジェリスタの目に留まったのは、一軒の料理屋だ。
「なあ、あんた。此処やってんのか?」
丁度、店を開けるところだったのだろう。
店主と思しき人物が、店内から姿を現し、暖簾を掛けていた。
ジェリスタは声を掛け、反応を窺う。すると、
「メニューは無い」
ぽつりと一言、店主は中へと入ってしまった。
呆気に取られたジェリスタは、その場で頭を悩ませる。メニューが無いとは、いったいどういうことなのだろうか、と。
「……仕方ねえ」
だが、考えていても答えは出てこない。
暖簾があるのだから、店は開いている。
店の中に入れば、何かを食べることは出来るはずだ。
ジェリスタは、よしっ、と気合を入れて、名も無き料理屋の扉を開けてみる。
中は狭い。
カウンター席のみ、そのうちの一つは、既に埋まっていた。
「あら、いらっしゃい。好きな席に座るといいわ」
「お、……おう」
店員なのだろうか。銀髪の女性がジェリスタに声を掛ける。
ジェリスタは眉根を寄せるが、言われたとおりに座ることにした。
「なあ、メニューが無いって、どういうことなんだ?」
ジェリスタは、若い男に問い掛ける。
フライパンを手に取り、視線を交わす店主は、ジェリスタの問いかけに言葉を返す。
「言葉の通り、この店にはメニューが無いんだ。その日その日で作る料理が変わるからな」
それでもいいなら作るぞ、と店主は付け加える。
その日その日で、作る料理が変わる。こんな店が、まさか空腹街にあったのか。
ジェリスタは、驚きに目を見開く。
しかし、食に関しては満足を求めるジェリスタだ。
「ああ。何でもいいから作ってくれ。俺は美味いもんが食べたくてうずうずしてるんだ」
「分かった」
客が求め、店が提供する。
メニューは無いが、それでも此処に店がある。
果たして何を食べることが出来るのか。ジェリスタは今から楽しみで仕方がない。
「じゃあ、今日はこいつを使ってみるかな」
店主は、コンロの上にフライパンを置く。
新たに手に取った食材、それは海の幸であった。
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