【七品目】ジェリスタ「サンマノシオヤキ」その②

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【七品目】ジェリスタ「サンマノシオヤキ」その②

「ねえ、ホルツ。今日はそれを使うの?」  一つ席を挟んで座る銀髪の女性が、店主の名を呼んだ。  ホルツと呼ばれた店主は「ああ」と小さく返事をし、料理の準備を始めていた。 「シア、ダイコンを取ってくれ」 「はいはーい」  シアと呼ばれた女性は、カウンター内へと入り込み、手を洗う。  そして、奥から食材を持ってきた。 「……あんたら、夫婦か?」 「違う!」  ホルツが即答する。  その隣で、シアは腹を抱えて笑いを堪えている。 「そう見えるみたいね、ホルツ?」 「口を閉じて手を動かすんだ」 「はいはーい」  用意した材料は、サンマが一尾、シオ少々。  サンマにシオを降り掛けていき、フライパンに薄くサラダアブラをひく。  中火にした後、サンマを焼いていく。  サンマから出るアブラのおかげで、サラダアブラの量は少な目で良い。 「本当は直火で焼きたいところだが、これで我慢してくれ」  焦げ目が付き始めたのを確認し、ホルツはサンマを裏に返す。  中に火が通るまで、じっくりと待つ。  そして、程よいところまで焼けた後、皿へと移した。  焼き上がる前に、もう一手間加えるものがあった。  シアに用意させておいたダイコンを下ろし、皿へと盛り付ける。  実に簡単ではあるが、これで完成だ。 「さあ、出来た。サンマノシオヤキだ」  ジェリスタの前に出されたのは、サンマノシオヤキとダイコンオロシだった。  初めて見る料理に、ジェリスタは唾を呑み込む。 「この食材、何処で手に入れたんだ?」 「企業秘密だ」  カレスティア大陸を囲む海に、サンマは存在しない。  それどころか、ホルツの店で出される料理に使用されるほとんどの食材が、此処には存在しなかった。調味料はあるのだが、他はカレスティア大陸特有の食材と、魔物だけ。  空腹街に軒を構える店は、魔物のニクを主に扱い、カレスティア大陸に生るクダモノやヤサイを食材として使用している。  だからこそ、ジェリスタは驚いた。見たことの無い食べ物に、いつの間にか手が動く。  箸を使わずに、ジェリスタは手で掴む。そして、頭からかぶり付いた。  身も骨も、共に食べていく。絶妙なシオ加減が、サンマの良さを引き立てている。 「くうううっ、こいつはうめえな!」 「そりゃよかった」  ホルツにとって、嬉しい言葉を聞くことが出来た。美味しいと言われること、そして笑みを浮かべてもらうことが、何物にも代えがたい報酬だと感じていた。 「こっちの白いもんは……、ぐっ」  シアが、横からショウユを掛ける。  手布巾で手を拭いた後、ジェリスタは箸を掴み、ダイコンオロシを口にしてみる。 「これも美味い……ッ」  口の中に広がる味が、ジェリスタに満足感を与える。  つい先ほどまで苛々していたのが嘘のように、その表情は明るくなっていた。 「ごちそうさん」  水を飲み、満足気に笑うジェリスタは、御品代を支払う。  店の外に出た後、暖簾を見てみるが、何も書いていない。 「……此処、店の名前なんて言うんだ?」  よく分からないが、場所は憶えた。  いつ開くのかは定かではないが、必ずまた来よう。  名も無き料理屋で出会った料理のおかげで、明日も魔物討伐を頑張れる、とジェリスタは思うのであった。
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