【八品目】クレッド「ヒジキチャーハン」その①

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【八品目】クレッド「ヒジキチャーハン」その①

 何が欲しいって、それは飯に決まっている。美味しい物を食べることこそが、生きる喜びだ。  クレッドは、常々考えていた。 「なあ、この店はいつになったら開くんだ?」  空腹街の端に、名も無き料理屋が一つ。その店の前で、クレッドは途方に暮れていた。  いつ来ても、開いていない。空腹街を訪れる人々に聞いても、開いたところを見た者はいない。又聞きの噂では、暖簾が掛かるところを見た者がいるらしい。だが、どんな料理が出てくるのか、それは分からない。 「くっ、未知なる料理に俺の舌が乾くッ」  店の前で、クレッドは地団太を踏む。  その様子を、クーチェは遠目に見ていた。 「……気持ち悪いですね」  ぽろっと独り言を漏らしてしまい、クーチェは頭を振る。  目を離した隙に、シアがいなくなっていたので、クーチェは空腹街へと足を運んでいた。  シアが行くところといえば、名も無き料理屋の他に無い。  今となっては、断言することが出来る。  だからこそ、彼が邪魔であった。 「退いてくれないですかね……」  店の入口に、クレッドは立っている。  なるべく、人族との関わりを持たないでおきたい。クーチェはそう思っていた。  自分達が魔族であることがバレてしまえば、シアは空腹街に来ることも出来なくなるだろう。もしそうなってしまえば、シアが悲しむことは間違いない。それだけは避けたかった。 「クーチェか?」 「へっ、……あ、ホルツさんじゃないですか」  とここで、クーチェは後ろから声を掛けられた。  振り向いてみると、そこに立っていたのは名も無き料理屋の店主、ホルツだ。  買い物に出かけていたのか、手提げ袋はパンパンに膨れ上がっていた。 「シアを連れ戻しに来たのか? 中にいるぞ」 「あー、そうなんですけど、アレがいまして……」 「アレって?」  クーチェの視線の先を追い、ホルツは、クレッドの姿を見つけた。  店の前で唸る男に、口をへの字にする。 「なんだありゃ」 「貴方のお店に用があるみたいですけど」 「用があっても開けるつもりは無い。地球の食材が枯渇中だからな」  名も無き料理屋では、地球の食材を主に使用している。  それを手に入れる為には、ホルツは特定の条件を満たさなければならない。  今は地球の食材がほとんど無いので、店を開く余裕が無かった。 「カレスティアの食材を使えばいいんじゃないですか?」 「僕にもこだわりがあるんだ。僕の店では、地球の食材しか扱わないってな」 「男の人って頑固なんですかね」  ふーん、とクーチェが肩を竦めてみせた。  その姿を見やり、ホルツは溜息を吐く。  だが、ホルツはもっと深い溜息を吐くことになる。 「……あ、シア様だ」  クーチェが、指を指す。  その先にあるのは、名も無き料理屋だ。  店は閉めている。開けるつもりは無い。  それなのに、何故か店の扉が開いたではないか。 「暖簾を掛けるから、もう少し待っていてもらえるかしら」 「おおっ、勿論だ! 遂にこの店の料理を食すことが出来るんだな!」  暖簾を手に、店の外に出てきたのは、シアだ。  ホルツの許可を得ずに、勝手に暖簾を掛けているではないか。 「あいつは何をしているんだ……」 「あの、シア様の代わりに謝っておきますね。申し訳ありませんです」  少し遠くから、シアとクレッドの様子を二人が眺める。  そして、互いに深い溜息を吐き合った。 「……はあ、確かヒジキが少し余っていたか」  店にある食材を思い出す。  客を入れたからには、何かを作らなければならない。  ホルツは気を引き締める。作るからには、全力で。  料理人としての誇りを失わない為に、常に高みを目指す。  ホルツと並んで、クーチェが歩く。  二人の姿を見つけたシアは、何も知らずに笑顔で出迎えるのであった。
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