第二章 米問屋

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「待たせたな」 「気にしないでおくれ。怪我はいいのかい?」 「ああ」 「用はすんだろ。とっとと帰れ」  四柳はそれだけ告げると、奥の部屋へと引っ込んだ。  その様子に苦笑した二人は、足早に診療所を後にした。  その帰り道、千砂が口を開いた。 「利き手、使えなくて、しばらく困るねぇ」  霊斬は苦笑する。 「そうでもない。右と同じくらい、左も使えるからな」 「両利きかい」  千砂は驚いた顔をする。 「初めて言った」  ――驚くのも無理はない。  霊斬は軽い口調で言いながら、そう内心で続けた。 「痛むかい?」 「ああ」  霊斬は素直にもそう答えた。 「……少しは、身体、大事にしないと。困るのはあんただからね」 「そうだな」  霊斬はそれだけ告げると、左手を上げて軽く振る。足早に千砂の前から姿を消した。  支度中の看板がさがっていることを確認すると、霊斬は店の戸を閉めた。  床に寝転がると、千砂に言われた言葉について考えた。 「確かに、その通りなんだが……な」  晒し木綿の巻かれた右手を見ながら呟いた。  ――それでも。俺が傷つくことは変わらないはず。  霊斬は溜息を吐きながら思う。  身体を起こし、二階へと向かった。  それからしばらく経ったある日、依頼人が店を訪れた。 「どうなりましたか?」  店の奥に彼を通すや、口を開いた。 「しばらくは動けないようにしておきました。後はお任せします」 「良い機会ですので、これをきっかけに桐野家とは縁を切ろうと思います。ありがとうございました」  主は言うと、財布から小判五両を差し出し、床に置いた。  霊斬はそれを受け取り、袖に仕舞った。 「またなにかありましたら、おいでください」  霊斬は頭を下げた。
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