第二章 米問屋

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 店の床に寝転んで考え事をしていると、戸を叩く音が聞こえてくる。 「開いている」  霊斬が低い声で応じると、千砂が店の中に入ってきた。 「昼間の騒ぎ、見させてもらったよ」 「そうか」 「素人相手だったから、あんたには楽だったかい?」  千砂がにやりと笑いながら尋ねた。 「まさか。素人相手が一番面倒だ。今回は自滅してくれたが」 「あれには笑ったよ」  千砂が笑みを深くする。 「俺は呆れた」  笑う千砂に対し、霊斬は溜息を吐いた。 「とにかく、依頼人は守れたわけだね?」 「そうだな。今夜、桐野家にいってくれるか?」 「分かったよ」  千砂はそれだけ告げると店を後にした。  それからだいぶ経った夜中、千砂は忍び装束に身を包み、桐野家へ向かった。 「なんじゃと! しくじった?」  そんな大声に導かれ、千砂は主の部屋へ足を向けた。天井の板を外し、覗き見る。  若い男と老年の男が、向かい合って座っていた。 「……はい」 「小判を惜しみなく払えば、良かったか……」 「(おそ)れながら……問題はそこではないかと」 「なら、なんだというのだ?」 「手練れの人斬りを引き入れれば良かったように思います。そのような者、幻鷲を()いて他にいませんが」 「あやつはもう人斬りから身を引いた男だ。かつてどれだけ殺めたかとて、今人斬りでなければ使い物にならん」 「そうかもしれませんね……」  若い男はそう言うしかなかった。 「誰が邪魔をした?」 「幻鷲にございます」 「なぜだ? あやつにはなにも関係がないはずでは?」 「はい。幻鷲の動きだけが気がかりでございます。しばらく見張りますか?」 「そうだな」 「かしこまりました」  若い男は頭を下げると、部屋を出ていった。  千砂はしばらくその場に留まったが、早く霊斬に知らせなければと思い、そのまま店へ向かった。  日付が変わる時刻、千砂は霊斬の店の戸を叩いた。 「どうした?」  戸の隙間から、霊斬が顔を覗かせる。 「遅くに悪いね。すぐに知らせなきゃいけないことがある」  千砂が口早に告げると、霊斬は戸をさらに開け、身を引く。  千砂は周囲に一度視線を走らせると、店に足を踏み入れた。  彼女がなにかを警戒しているのを悟った霊斬は、周辺に視線を走らせて、戸を素早く閉めた。
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