第二章 米問屋

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 一方霊斬は、数多くの襖が開きっ放しの中で、ひとつだけ戸が閉まっている部屋を見つける。  無言で襖を開けると、刀を持った老年の男と目が合う。 「桐野光郎。米問屋の主を困らせることは、もう、やめてもらおうか」 「そろそろ潮時かと思っていたところよ」  光郎は、不快そうに顔を歪めて言い放った。 「だから、暗殺を思いついたのか?」 「余計なことをしなければ、あの世に送ってやったものを」  光郎は忌々しげに顔を歪めた。 「主の代わりに、そなたを地獄に送ってやろう!」  抜刀すると、斬りかかってきた。  その刃を霊斬は右手で受け止めた。  (てのひら)に走る激痛に、霊斬は顔をしかめただけだった。  その動きに驚きを隠せないのは光郎だった。  渾身の攻撃にもかかわらず、その手はぴくりとも()される様子がない。代わりに自分の刀が、かたかたと震え始めた。  刀と掌の間を霊斬の鮮血が滴り落ちる。 「まだやるか?」  その馬鹿にしたような物言いに怒りを覚えた光郎は、刀を引き、首を狙って再度斬りかかった。  それを今度は黒刀で受け止めた霊斬は、その刀を押し返す。先ほどの一撃で、右手は使い物にならなくなったようで、霊斬は左手で黒刀を持っていた。 それでも右手と同じように使えるらしく、(せめ)ぎ合いが続いた。それに負けたのは光郎だ。力が足らず押し切られ、右肩をざっくりと斬り裂かれてしまった。 「ぐっ……!」  痛みに呻いた光郎は、肩を押さえる。  霊斬は非情にも、光郎の右脚に黒刀を突き刺した。 「ぐあ……!」  痛みに叫ぶ光郎をよそに、黒刀を強引に動かす霊斬。  光郎の悲鳴が上がる。  霊斬はそれを無視して、何度か傷を抉るとようやく黒刀を抜いた。  光郎はたまらず、膝をついた。  霊斬は黒刀を振って、鮮血を落とすと、鞘に仕舞う。くるりと背を向ける。  その背に向かって、動けない光郎が叫んだ。 「待て、せめて殺せ!」  その叫びを聞いたのは、霊斬とその様子を屋根裏から見ていた、千砂だけだった。  自身番の来訪を告げる、笛の音が聞こえてきた。  霊斬は無言のまま、部屋を去った。  それに千砂も続いた。
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