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一方霊斬は、数多くの襖が開きっ放しの中で、ひとつだけ戸が閉まっている部屋を見つける。
無言で襖を開けると、刀を持った老年の男と目が合う。
「桐野光郎。米問屋の主を困らせることは、もう、やめてもらおうか」
「そろそろ潮時かと思っていたところよ」
光郎は、不快そうに顔を歪めて言い放った。
「だから、暗殺を思いついたのか?」
「余計なことをしなければ、あの世に送ってやったものを」
光郎は忌々しげに顔を歪めた。
「主の代わりに、そなたを地獄に送ってやろう!」
抜刀すると、斬りかかってきた。
その刃を霊斬は右手で受け止めた。
掌に走る激痛に、霊斬は顔をしかめただけだった。
その動きに驚きを隠せないのは光郎だった。
渾身の攻撃にもかかわらず、その手はぴくりとも圧される様子がない。代わりに自分の刀が、かたかたと震え始めた。
刀と掌の間を霊斬の鮮血が滴り落ちる。
「まだやるか?」
その馬鹿にしたような物言いに怒りを覚えた光郎は、刀を引き、首を狙って再度斬りかかった。
それを今度は黒刀で受け止めた霊斬は、その刀を押し返す。先ほどの一撃で、右手は使い物にならなくなったようで、霊斬は左手で黒刀を持っていた。
それでも右手と同じように使えるらしく、鬩ぎ合いが続いた。それに負けたのは光郎だ。力が足らず押し切られ、右肩をざっくりと斬り裂かれてしまった。
「ぐっ……!」
痛みに呻いた光郎は、肩を押さえる。
霊斬は非情にも、光郎の右脚に黒刀を突き刺した。
「ぐあ……!」
痛みに叫ぶ光郎をよそに、黒刀を強引に動かす霊斬。
光郎の悲鳴が上がる。
霊斬はそれを無視して、何度か傷を抉るとようやく黒刀を抜いた。
光郎はたまらず、膝をついた。
霊斬は黒刀を振って、鮮血を落とすと、鞘に仕舞う。くるりと背を向ける。
その背に向かって、動けない光郎が叫んだ。
「待て、せめて殺せ!」
その叫びを聞いたのは、霊斬とその様子を屋根裏から見ていた、千砂だけだった。
自身番の来訪を告げる、笛の音が聞こえてきた。
霊斬は無言のまま、部屋を去った。
それに千砂も続いた。
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