4人が本棚に入れています
本棚に追加
/119ページ
第三章 岡っ引き
それから一月が過ぎたある日、手の怪我も良くなり、晒し木綿も取れ、痛々しい刀傷を残すのみという状態になっていた。
霊斬が短刀や依頼の度に使っている刀の様子を見ていた。なにを思ったのか、財布を入れる反対側、左の袖に短刀を仕舞う。
――今日は持っていた方がいい。
と漠然と思った。
同日、霊斬の店の戸を叩く者がいた。
「いらっしゃいませ。これは、親分」
霊斬は言いながら、頭を下げた。
「刀屋、ちょいといいかい?」
「ええ」
霊斬はそう言って、岡っ引きを招き入れた。
「入るのは初めてだな。ちゃんと、店になってるじゃねぇか」
「遊び人ではありませんので」
岡っ引きの言葉に、霊斬は苦笑した。
「それで、なんです? 話とは」
霊斬は正座をして岡っ引きと向き合う。
「因縁引受人……実在すると思うか?」
「私には分かりません」
岡っ引きの問いに霊斬は、即答した。
「おれは実在すると思う。旦那や他の武家から話を聞く限りだが」
「なにが言いたいんです?」
霊斬は眉をひそめて、尋ねた。
「……そいつの居場所、知らねぇかい?」
岡っ引きは意を決し、告げた。
「なぜ、そんなものに頼ろうと?」
あえて貶すような物言いをした霊斬は、尋ねた。
「旦那と対立している武士がいるんだが、こいつらをなんとかして鎮めたい。これ以上、旦那の負担を増やしたくねぇんだ」
「そうですか。……因縁引受人のことであれば、を私はいくつか知っていますが、誰にも口外しないと、お約束できますか?」
「分かった」
岡っ引きはしばらく考え込んだ後、そう口にした。
「因縁引受人、またの名を霊斬と申します。人を殺めぬこの私に頼んで、二度と後悔なさいませんか?」
それを聞いた岡っ引きは、驚いた顔をした後、こう答えた。
「後悔は、しねぇ」
その言葉に霊斬は、口端を吊り上げて嗤う。
「どのような解決をお望みで? 死人を出さずに、武家を壊すことも、対立を抑えるだけなら、脅して黙らせることもできます」
岡っ引きは驚いた顔をする。
「刀屋、そんなこと、できるのか?」
「はい」
霊斬は断言した。
「ただの商売人じゃないような気がしていたが、そんなことをしていたとはな」
「それで、どうするんです?」
霊斬は決断を促す。
最初のコメントを投稿しよう!