第三章 岡っ引き

1/12
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/119ページ

第三章 岡っ引き

 それから一月が過ぎたある日、手の怪我も良くなり、晒し木綿も取れ、痛々しい刀傷を残すのみという状態になっていた。  霊斬が短刀や依頼の度に使っている刀の様子を見ていた。なにを思ったのか、財布を入れる反対側、左の袖に短刀を仕舞う。  ――今日は持っていた方がいい。  と漠然と思った。  同日、霊斬の店の戸を叩く者がいた。 「いらっしゃいませ。これは、親分」  霊斬は言いながら、頭を下げた。 「刀屋、ちょいといいかい?」 「ええ」  霊斬はそう言って、岡っ引きを招き入れた。 「入るのは初めてだな。ちゃんと、店になってるじゃねぇか」 「遊び人ではありませんので」  岡っ引きの言葉に、霊斬は苦笑した。 「それで、なんです? 話とは」  霊斬は正座をして岡っ引きと向き合う。 「因縁引受人……実在すると思うか?」 「私には分かりません」  岡っ引きの問いに霊斬は、即答した。 「おれは実在すると思う。旦那や他の武家から話を聞く限りだが」 「なにが言いたいんです?」  霊斬は眉をひそめて、尋ねた。 「……そいつの居場所、知らねぇかい?」  岡っ引きは意を決し、告げた。 「なぜ、そんなものに頼ろうと?」  あえて(けな)すような物言いをした霊斬は、尋ねた。 「旦那と対立している武士がいるんだが、こいつらをなんとかして鎮めたい。これ以上、旦那の負担を増やしたくねぇんだ」 「そうですか。……因縁引受人のことであれば、を私はいくつか知っていますが、誰にも口外しないと、お約束できますか?」 「分かった」  岡っ引きはしばらく考え込んだ後、そう口にした。 「因縁引受人、またの名を霊斬と申します。人を殺めぬこの私に頼んで、二度と後悔なさいませんか?」  それを聞いた岡っ引きは、驚いた顔をした後、こう答えた。 「後悔は、しねぇ」  その言葉に霊斬は、口端を吊り上げて嗤う。 「どのような解決をお望みで? 死人を出さずに、武家を壊すことも、対立を抑えるだけなら、脅して黙らせることもできます」  岡っ引きは驚いた顔をする。 「刀屋、そんなこと、できるのか?」 「はい」  霊斬は断言した。 「ただの商売人じゃないような気がしていたが、そんなことをしていたとはな」 「それで、どうするんです?」  霊斬は決断を促す。
/119ページ

最初のコメントを投稿しよう!