第三章 岡っ引き

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「……壊してくれ。脅しただけで治まる連中とも思えん」 「分かりました」  霊斬は頭を下げる。 「っといけねぇ。これを忘れるところだった」  岡っ引きは言いながら、袖から銀五枚を出してきた。  それを受け取り、袖に仕舞った霊斬は、岡っ引きに向き合う。 「私からひとつ、質問を。その武家の名は?」 「()()伊之(いの)(すけ)」 「承知いたしました」 「おれからもひとつ、聞きたいことがある」 「なんなりと」  霊斬は先を促す。 「万が一、因縁引受人の正体を誰かに言っちまったら……どうなる?」 「そのときは……」  霊斬は言葉を切り、静かに袖から短刀を抜き出すと、素早く岡っ引きの首に刃を当てた。  岡っ引きを押し倒すような体勢になってしまったが、霊斬は気にも留めず口にした。 「貴様の喉をかき斬るぞ?」  抜き身の刀身がぎらりと反射する。霊斬は口端を吊り上げて嗤い、恐ろしいほど冷ややかな声で告げた。 「……わ、分かった。気をつける」  予期せぬ行動に驚いた岡っ引きは、動揺を隠しきれぬまま、そう言った。  霊斬は無言のまま短刀を喉から引く。なにごともなかったかのような顔をして、袖に短刀を仕舞う。  岡っ引きはそのままの体勢で硬直していたが、短刀が離れると大きく息を吐いて、元の体勢に戻った。 「それから、これを」  岡っ引きは腰に下げていた脇差を差し出してきた。 「それでは、七日後にお越しください」  霊斬はそれを受け取り、その言葉にうなずいた岡っ引きは、店を去った。  その後、霊斬は床に寝転がり、今回の依頼について考えていた。  派閥争いに終止符を打ってほしいと言われたものの、壊すだけでいいのか疑問だ。  詳しく調べなければ、まったくと言っていいほど分からない。  ――少し、やり過ぎたか?  霊斬は左の袖に入れている短刀を取り出し、眺めながら思った。  身体を起こし、岡っ引きから預かった脇差の鞘を抜く。  手入れがされていないだけでなく、切れ味も落ち、柄が少し緩んでいた。  それなりに時間がかかると判断した霊斬は、足早に刀部屋へと向かい、修理を始めた。
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