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翌日の明け方、霊斬は千砂の隠れ家に足を運んだ。
「いるか?」
「はいよ」
濡れた髪を手拭いで押さえながら、千砂が顔を出した。
「湯屋にでもいっていたのか?」
霊斬が床に胡坐をかいて座り、尋ねた。
「まあね。仕事が長引いて、少ししか眠れなかったよ」
「悪いな、そんなときに」
霊斬がそう言うと、千砂が声を上げて笑う。
「あははっ! そんなこと、気にしなくていいよ。ちょっと、都合が合わなかっただけじゃないか」
「そうか」
霊斬はいつもの低い声で言った。
「今日はなにしにきたんだい? 世間話をするためじゃないだろ?」
「新たな依頼だ。岡っ引きからで、武家同士の派閥争いに、終止符を打ってほしいとのことだ。美里伊之介が今回の対象だ」
霊斬が静かな声で告げると、千砂は驚いた顔をした。
「よく依頼を受けたね。てっきり断るのかと思ったよ」
霊斬は苦笑する。
「正体がばれる危険を冒しても、俺は見て見ぬふりはしたくない。それに岡っ引きには、釘を刺しておいた」
「そうかい。じゃ、一日おくれよ。必要なものはすべて、用意するからさ」
千砂は苦笑して言うと、霊斬が立ち上がった。
「頼んだ」
霊斬はそれだけ告げると、隠れ家を後にした。
千砂はその日の夜、まずは自身番に足を運び、美里伊之介を捜したが、いなかった。武家屋敷の中心部付近に美里の表札を見つけると、音もなく屋敷内に忍び込む。そのまま、屋根裏まで忍び込むと、やたらとうるさい場所に向かう。
「あやつの屈辱に満ちた顔、お主らにも見せてやりたかったわ!」
老年の男の一言で、下卑た笑いが飛び交う。
「そうですねぇ、久五郎様」
「お主は真面目な男よのう。こんな笑い話にものらんとは」
「笑えぬだけにございます」
その男は冷ややかな声で答えた。
「次はどんな嫌がらせをしてやろうかのう? あやつの家族を襲うかの~?」
「良いではありませんか! 我らもお力添えいたしまする!」
と別の武士が言い、場が盛り上がる。
「では、六日後のこの時間、あやつの屋敷を襲うことにする! 皆、準備はきちっとするように~!」
酔った勢いでそんなことを決めてしまった久五郎に、千砂は呆れた。
「伊之介、もっと呑まんか!」
久五郎が上機嫌に言う。
「いえ、私はこの辺で失礼」
呼ばれた男――伊之介はその場を辞した。
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