第三章 岡っ引き

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「そうさな……。千砂はこの報せを自身番に流せ。武家同士の(いさか)いだ、動かぬわけにはいかんだろうさ」 「分かった。あんたはどうするんだい?」 「俺か? その間に、久五郎を叩く。灸をすえてやるのさ」  霊斬はそう言って、口端を吊り上げて嗤った。  ――怖い笑みだ。 「分かった」  千砂は内心で心底そう思いながら、うなずいた。  その場でくるりと背を向けると、肩越しに霊斬を見る。 「それと、呑みすぎ注意!」 「もう寝る」  その言葉に思わず苦笑した霊斬は、言葉を返した。  千砂はその言葉を聞くと内心で安堵し、店を去った。  それから数日後の決行日前日。まだ日も高い午後に、岡っ引きが店を訪れた。 「それでどうなったんだ?」 「そう急かさずとも、話しますよ。美里伊之介ですが、あなたが思っているようなお方ではなかったようです」  霊斬が(たしな)めながら、話を続けた。 「伊之介はあくまで看板。その実態を握っているのは久五郎という男。どうやら酔った勢いで、気に入らない武家を襲うことを決めたそうな」  岡っ引きは青い顔をする。 「ってことは、旦那の屋敷が戦場(いくさば)になるっていうのかい!?」 「そうですね。それに乗じて、久五郎を痛めつけますので、ご心配なく」  動揺する岡っ引きとは反対に、霊斬は冷静さを欠くこともなく、静かな声で続ける。 「それと、これをお渡ししておきます」  霊斬は言いながら、預かっていた脇差を差し出す。 「あなたが旦那と呼んでいるお方の名を、教えていただけますか?」 「古野(ふるの)得太郎(えたろう)様だ」 「では、決行後にまたお会いしましょう」  そのころ、忍び装束姿の千砂は自身番に忍び込んでいた。  屋根裏の板をずらし、様子を見ていると、部屋の中に一人の老年の男が入ってくる。  千砂は静かに()(ない)を右手に忍ばせて、飛び降りる。と、その男の首を抱え、苦無の切っ先を突きつける。静かな声で尋ねた。 「自身番の中で、一番偉いのは、あんたかい?」 「そ、そうだが?」  首を動かすのは怖いと思ったのだろう、男は声で応じた。 「今夜、古野得太郎の家を見張りな」 「なぜ?」 「見張っていれば分かるさ。信じないと……あんたの命はないからね?」  千砂は頭巾の下で残虐な笑みを浮かべながら、苦無に力を込める。と、皮膚が斬れ、一筋の血が滲む。 「わ、分かった。そうしよう」  千砂はその答えに満足したのか、苦無を仕舞って、その場から去った。
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