第三章 岡っ引き

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 同日の夜、黒の長着に同色の馬乗り袴、黒の足袋、同色の羽織を身に着ける。隠し棚から黒刀を取り出して腰に帯びる。黒の布を首に巻いて、顎から鼻まで引き上げる。草履を履いた霊斬は、引き戸を開けた。  外は雨が降っている。夜の街を駆け、古野家へ向かった。  途中で千砂に会わないまま、霊斬は屋敷に辿り着いた。  近くの屋根に上って様子を見る。  武装した男達が二人、歩いている。 「曲者!」  出会い頭に敵に出くわした二人は、刀を抜き戦闘態勢に入る。  ――もうきていたのか。  霊斬は思いながら、視線を走らせる。  屋敷の門近くに、でんと構えているのは久五郎であった。その隣には伊之介も控えている。彼らも含め、総勢十人。これだけ広い屋敷だ、それぐらいは必要だろう。精鋭を揃えてきたはずだ。 「かかれ~!」  久五郎の声が聞こえてくる。  一方、忍び装束を纏った千砂は一足先に、屋敷の屋根裏に忍び込んでいた。古野家の面々はというと、突然の襲撃に驚きながらも必要最小限の武装をし、奮戦していた。  その様子を彼女は見守る。  霊斬はまだ屋根の上にいた。  屋敷の者達も次々に出てきては、戦闘に加わっていく。その中には得太郎もいた。多くの敵を(ほふ)っている。  その様子を忌々しげに眺めているのは久五郎だ。  ――得太郎と久五郎をぶつけさせるのもいいが、ああしてふんぞり返っている奴を見るのはもうごめんだ。  霊斬はそう思うと、屋根から飛び降り、久五郎の死角から襲い掛かった。走りながら鯉口を切り、刀を振りかざした。  久五郎まであと一歩というところで、別の者の妨害を受けた。  刀同士がぶつかり合う音が響く。 「よく分かったな」  霊斬は忌々しげに舌打ちをし、低い声で言った。  黒刀を受け止めたのは伊之介だった。 「ただの勘でござる」  互いに力を込めているので、刀同士がかたかたと音を立てる。 「そうか。そいつは、貴様が命を懸けてでも守らなければならないのか?」 「答える必要はない」  伊之介はそう言って、刀を弾き返してきた。 「面白い」  霊斬は布の下で、口端を吊り上げて嗤う。
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