第三章 岡っ引き

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「伊之介、頼むぞ!」  突然の襲撃に腰を抜かした久五郎はそれだけ告げると、そそくさと他の者を呼びつけ、周囲を守らせた。  ――そんなことをしたところで無駄だろうに。  霊斬は内心で嗤いながら、伊之介に向き直った。  風が吹いた瞬間、両者は同時に駆け出した。  最初の攻撃を仕掛けたのは、霊斬だった。  先ほどとは比べ物にならないくらい、重い一撃を喰らった伊之介は刀を落とされてしまう。  瞬時に小太刀を抜いて、霊斬の攻撃を防ぐ。 その機転に驚かされながらも、霊斬が攻撃を続ける。途中で刀を拾い、二刀で防ぐ伊之介。  霊斬は次々に繰り出される二刀での攻撃にわずかな隙を見出した。その隙に合わせて、攻撃のころあいを調節する。十手以上、互いに血も流さぬ攻防を繰り広げながら、ついに霊斬が待った瞬間が訪れた。  繰り出された二刀の間を縫い、霊斬は伊之介の右肩を刺し貫いた。 「ぐあっ!」  伊之介がよろよろと後ずさる。霊斬は痛がる彼を気にもせず、無造作に刀を抜いた。  一気に花が咲いたように傷口から鮮血が噴き出し、伊之介の着物を、地面を、染め上げる。 「貴様にはずいぶん時間を取られた。ここまでにしてやろう」  霊斬は冷ややかな声で告げた。 「ま、待てっ!」  伊之介の叫びを無視すると、霊斬は歩き出した。  身を守ろうと必死になっている久五郎の許へ。周囲を守っていた五人の刀が、霊斬に向けられる。 「伊之介はどうしたのじゃ!?」  霊斬を見るなり、半狂乱になった久五郎が叫んだ。 「俺に負けた」  霊斬は言いながら、黒刀についた鮮血を見せつける。 「なっ……!」  久五郎は顔を青くする。 「次は貴様だと言いたいところだが、まずは邪魔な連中を片づけなければな」  霊斬が言うと同時に、黒刀を持ち直して駆け出した。  まず一人目の左肩を裂き、続いて二人目の右脚を刺し貫く。抜いた刀を返して下から斬り上げ、三人目の右肩を斬る。続いて突っ込んできた四人目の刃を、あえて左腕で受ける。勢いが強かったのだろう、切っ先は左腕を貫通する。痛みに顔をしかめながらも、霊斬は黒刀から手を離す。男の怯えた表情を見ながら、柄に手をかけ、強引に刀を抜いた。刃が肉を断つ嫌な音と水が零れるように、鮮血が溢れ出した。それは腕を伝い、掌までいくと、ぽたぽたと地面に滴り落ちる。手にしていた刀を捨てて、黒刀をつかんだ。
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