第三章 岡っ引き

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「やあっ!」  最後の一人が、声を出して刀を向けて突っ込んできた。手負いだからと舐められているような気もした。 「黙れ」  霊斬はその声に苛立ち、刀を弾き返すと、男の右腕を刺した。 「ぐうっ……!」  霊斬が刀を抜くと、男は呻いて、がくっと膝をつく。 「大した守りではなかったな」  霊斬は傷を負いながらも、なにも変わらぬいつも通りの口調で言ってのけた。 「な、なんじゃと……」  あっという間に五人を倒され、手傷を負っても、なにも感じていないかのような素振り。  久五郎はこの状況に絶望し、霊斬に対して極度の恐怖を抱いた。 「こんなことで怖がっているのか? くくっ」  霊斬は左腕をだらりと下げたまま、喉の奥で嗤う。 「この程度で恐れてもらっては困る」  霊斬は冷ややかな声で告げると、鮮血のついた黒刀を振り上げる。  それと久五郎が叫んだのが同時だった。 「た、頼む! 命だけは……!」 「貴様など、殺めるまでもない」  久五郎の命()いに、霊斬は氷のように冷たい声で言い放った。  霊斬は久五郎の右太腿を刺し貫く。 「ぎゃああっ!」  痛みに叫ぶ久五郎に、不快そうな顔をする霊斬。 「いつまで伊之介の笠に隠れているつもりだ?」 「そんなことお主には、関係なかろう! ぐはっ!」  久五郎が呻く。霊斬が刺したままの黒刀を動かし、傷を抉ったのだ。 「さっさと兵を退け。それとこれ以上、古野家に手を出すな。貴様の脚一本、犠牲にすればすむ話だ」 「わ、わしの脚を……!? っう……」  叫んだ拍子に動いたせいで、痛みに呻く久五郎。 「次に手を出してみろ、そのときは、貴様の命を頂戴(ちょうだい)する」  霊斬は久五郎の耳許で告げると、黒刀を無造作に抜いた。 「ひ、退け!」  その一言でぼろぼろになった男二人が出てきた。その場にいた五人も含め、総勢八人は古野家を去った。その後を自身番の数人が追い駆けた。  霊斬はもう一度屋根に登り、古野家を眺める。  臨戦態勢が解かれ、粛々と骸を運び出している。  その指示をしている得太郎を見ると、くるりと背を向けた。 「ここにいたんだね」  屋根の上を歩く千砂に会う。 「無事か?」 「あんたは左腕一本ですんだかい」 「ああ」  霊斬は未だに血を流し、真っ赤に染まった左手を握る。黒刀を仕舞うと、診療所に足を向けた。  千砂はいったん着替えるために、霊斬と別行動をとった。
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