第三章 岡っ引き

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 霊斬は黒装束姿のまま、四柳院診療所の戸を叩く。 「俺だ」 「さっさと上がれ」  四柳はそれだけ告げると、戸を大きく開けた。  霊斬が入ると戸を静かに閉めた。 「きていたのか」  奥の部屋にいこうとした霊斬だったが、千砂の姿を見つけて、足を止めた。 「あんたじゃないんだから。さっさと治療してもらいな」  千砂は苦笑して言い、奥の部屋へいくよう促した。 「ああ」  霊斬も苦笑すると、奥の部屋へ足を踏み入れた。 「診せろ」  四柳がぶっきらぼうに言った。  霊斬は胡坐をかいて座ると、握っていた左手を開いて、左腕を突き出す。  肩から肘にかけて、刺し貫いたときについた刀傷があった。傷口からはどくどくと鮮血が溢れ出している。 「脱げるか?」 「ああ」  霊斬は静かな声で応じ、傷に触らないよう注意しながら、慎重に羽織と上着を脱いだ。傷だらけの上半身があらわになる。  ――何度見ても、酷い身体だ。  四柳は霊斬の身体を見て思う。  いくら他人を見捨てられないからと言って、自身を犠牲にしていては、割に合わないとさすがに気づくだろう。気づいていながら、それをやめない霊斬にはなにを言っても通じない。ただ、どんな状態になっても、診療所にきてくれる霊斬には感謝しかない。いくら素直になれなくても、生きてやる! という執念に似た想いを、四柳は感じている。  四柳は霊斬に手当てをしながら、思う。  ――だから、俺は治してやろう。霊斬の生き方がどうであれ、関係ない。生きたいという意思を尊重する。それだけだ。 「終わったぞ」  四柳は晒し木綿を巻きつけると、短く告げた。  霊斬は脱ぎっ放しの羽織と上着を畳む。 「あまり動くな、それと今日は泊まれ」 「分かった」  珍しく素直にうなずいた霊斬は、そのままの恰好で、近くにあった布団に身を横たえた。 「嬢ちゃん、終わったぞ」  四柳は千砂がいる部屋へいき、治療が終了したことを告げた。 「入ってもいいかい?」 「ああ」  千砂は立ち上がって、静かに霊斬の許へ向かった。  霊斬は天井をぼんやりと眺めていた。
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