第三章 岡っ引き

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「霊斬」 「どうした?」  霊斬が首だけ向けて尋ねた。  千砂が枕元に座ると、霊斬はゆっくり身体を起こした。 「無理、してんじゃないだろうね?」  千砂の鋭い声が飛ぶ。 「無理? していない」  霊斬は苦笑した。  千砂は霊斬の傷だらけの身体を見て、押し黙る。 「……見るのは、初めてか?」  霊斬の優しい声に、うなずく千砂。  彼の身体には古傷から、真新しい傷まで数多くの傷跡が無秩序に刻まれている。古傷の中には白くなっているものもあり、真新しい傷はまだ赤みが残っている。とても人に見せられた身体ではない。誰もが少なからず、醜いと思うだろう。  千砂は音もなく涙する。口許を押さえ、泣き声を押し殺す。  だが、千砂は醜いとは思わなかった。  ただ、辛かった。こんな身体になってもなお、誰かを頼ろうとしない霊斬を哀しく思った。 「ついでだ。……背中も見てみろ」  千砂は霊斬の言葉に驚き、彼の顔を凝視する。 「どんな状態か、知りたいだけさ」  そう言い、霊斬は力のない笑みを浮かべた。  千砂は涙を拭きながら、ひとつうなずくと、霊斬の背後に回る。 「……っ!」  目の前に広がる光景に、千砂は言葉を飲み込んだ。  かつて拷問を受けたという火傷の痕は霊斬の背中、ちょうど前から見ると左肩あたり。(かい)(そく)(しゅ)になっており、皮膚が引き()っている。全身を覆う傷よりも痛々しく見えた。それにこれほどの時が経っても、まだ赤みが引いていない。 「……皮膚が赤くて、引き攣っているところがあるよ」 「……そうか。……酷いか?」  霊斬の静かな声が千砂の耳朶を打つ。 「……酷い、酷すぎる」  千砂はその言葉を聞いて、元いた場所に座り直す。 「そうか……。悪かったな、酷なことをさせた。……このままでもいいか?」  霊斬は静かな声で尋ねた。  千砂のことを気遣っている、その優しさに彼女の涙は余計に止まらなくなった。  千砂は何度もうなずき、声を必死で押し殺した。  ――霊斬はやっぱり、誰よりも人の痛みが分かる、優しい人だ。  千砂は内心で思いながら、音もなく泣いた。  その様子を見ていた霊斬は、思わず目を逸らしたくなった。  誰かが、泣いてくれる。  そんな経験、したことがない。  どうしたらいいのか分からなかった。ただ、傍にいることくらいしか思いつかなかった。だから――。
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