第四章 鞘師

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 ――俺だったら、商品を売らず、なにを言われても、聞き流すだろうな。  依頼人のことを自身に置き換えて考えた結果である。それに霊斬は思わず苦笑する。  ――そこが俺と、あの鞘師との違いか。  霊斬は冷静に分析しながら、溜息を吐いた。  考えていても仕方ないと思い、霊斬は隠れ家へと足を向けた。  霊斬が隠れ家の戸を叩くとすぐに応答があった。 「誰だい?」 「俺だ」  短く告げると、千砂が顔を覗かせる。周囲を確認した千砂は、黙って霊斬を招き入れた。  戸が閉まるのを待ってから、霊斬は口を開いた。 「どうした?」 「昼間だと、どうしても人の目が気になってね」 「今度からは夕方か夜にくることにする」 「助かるよ」  千砂は言いながら床に正座する。  霊斬は無言で、壁に寄りかかり、片膝を立てて座る。 「それで、今回は?」 「仁部陽一。鞘をしょっちゅう壊して、依頼人を悩ませている。冷たく接することもできないらしい」 「人がいいんだね」 「そうかもしれんな」  ふっと笑う千砂に対し、霊斬の声は冷ややかだった。 「それで? 調べてくれるのか?」  先ほどの態度はどこへやら、普段通りに尋ねる霊斬。  その豹変(ひょうへん)ぶりに驚きながらも、口には出さず、千砂は答えた。 「一日、おくれ」 「分かった」  霊斬は短く答えると、隠れ家を去った。  その日の夜、千砂は忍び装束を身に纏うと、仁部家へ向かった。  屋根裏から、聞こえてくる音に耳を澄ませる。  なにかを殴っているような音が聞こえた。千砂はその音が聞こえてきた方へ駆け出した。  音が聞こえる部屋の真上までいくと、千砂は静かに天井の板を外して、様子を見た。 「何度言ったら分かる? この出来損ないが!」  仁王立ちで畳を鞘で叩く男と、正座をしている少年がいる。  男の傍らには抜き身の刀が置かれている。 「勉学ができて、なぜ武術はできんのだ! 勉学では誰よりも優れているというのに!」  不甲斐ない……失礼。少し出来の悪い息子に説教をしているようだ。
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