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それからしばらくして、霊斬はそば屋に顔を出した。
そば屋の裏で、千砂と霊斬は話をしていた。
「それで、今回は誰だい?」
千砂は開口一番に聞いた。
彼女は霊斬と同じように、別の顔を持っている。裏の世で〝烏揚羽〟と呼ばれる情報屋だ。
「伊佐木家だ」
「割と小さな武家じゃないか」
霊斬は千砂の言葉に、目を丸くする。
「そうなのか」
「あと、依頼内容は?」
「妹の仇討ちだ」
霊斬が静かな声で告げた。
「よく引き受けたじゃないか」
「命を奪うことだけが、仇討ちじゃあない」
「そうだね」
「どれくらいかかる?」
「一日」
「任せる」
霊斬はそれだけ告げると、その場を去った。
それからだいぶ経った、夜も更けたころ、千砂はそば屋から離れた場所にある、一軒の家に足を踏み入れた。ここは千砂が情報収集をするときに使う、拠点だ。千砂と霊斬の間では隠れ家と呼ばれている。
普段の小袖から動きやすい忍び装束に着替え、頭巾を被ると、伊佐木家に向かった。
千砂は伊佐木家に辿り着くと、屋根裏から侵入し、聞こえてきた声に足を止めた。天井の板を少しずらして、様子を盗み見た。部屋の中には二人の武士がいた。一人は若く、もう一人は中年くらいに見えた。
「史郎様、ひとつお耳に入れておきたいことがございます」
書物に目を通しながら、その声を聞いた史郎は、顔を向けもせず声を出した。
「なんだ?」
「酒屋の娘が、幻鷲のところに出入りしていたようでございます」
「酒屋の娘だと?」
史郎は書物から目を離し、家臣を凝視した。
「霊斬に会った、とでも?」
「分かりません。ですが、可能性はあります」
「なぜ、そんなところにいったんだ?」
「あなた様は覚えていらっしゃらないようですが、酒に酔った勢いで、店の者を斬ってしまったのですよ」
「そんなことがあったのか。いつだ?」
自分でやったことなのに一切覚えていないため、他人事のような口調で史郎は尋ねた。
「今から五年前です」
「あれは事故だ」
「そうでございますか」
そう答える家臣の声は冷たかった。家臣はただの事故だとは思っていないようだ。
千砂はそこまでの会話を聞くと、屋敷を去った。
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