第四章 鞘師

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 少年はなにも言わずに(うつむ)いている。 「武士は勉学だけでなく、武術もできなければならんのだ。それは何度も言っている。そうだよな?」 「……はい」  少年は小さな声で答えた。 「なぜ、できない?」 「苦手なものは……苦手です。どう工夫しても、うまくいきません」  小さな声で、しかし、はっきりと少年は口にした。 「そんなわけがないだろう! 努力が足らんのだ!」  男は怒りだし、鞘を振り上げては畳に叩きつける。  少年はその様子と、抜き身の刀に釘付けになっている。  いつ、刀を取るか分からない。その恐怖で、少年は硬直していた。  その様子を見ていた千砂は、少年が可哀そうだと思いながら、屋敷を後にした。  翌日の夜、霊斬は隠れ家を訪れた。 「入ってもいいか?」 「どうぞ」  千砂が言いながら戸を開け、霊斬を招き入れた。 「どうだった?」  霊斬は床に胡坐をかいて座ると、口を開いた。  千砂は彼と向かい合う位置で正座をし、話し始めた。 「説教をしながら、鞘を畳に叩きつけているから、壊れるんだ。それに抜き身の刀も近くに置いていたからね、息子にしてはとても怖かったはずさ」 「鞘はそんなふうに使うもんじゃない。そうだろうな」  霊斬は冷ややかな声で応じた。 「そうだね。説教の原因は、息子が文武両道じゃないことが許せない。苦手なものは誰だってあるだろ?」 「ああ、それを息子が言ったのか?」 「そうさ」 「大した息子じゃないか」 「小さい声だったけどね」 「それでもいい」  霊斬が苦笑する。 「問題は父親だな。鞘をそんなふうに扱うことも許せんが、父親自身の認識を変えなければ」  霊斬が先ほどの表情を一瞬で消して、告げた。 「そうだね」  千砂はただ同意した。 「情報、感謝する」  霊斬はそれだけ告げると、隠れ家を去った。  霊斬は店に戻り、短刀の修理に入った。  細かい瑕がついている程度だったので、目の細かい砥石で研ぐことにした。
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