第四章 鞘師

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「何度怒らせる気だ!」 「……すみません」  少年は正座をしたまま、深く頭を下げた。  陽一は頭を上げた少年を睨みつけながら、刀を鞘ごと腰から外す。  刀を鞘から抜き、抜き身の刀を横へ置く。鞘を握りしめ、畳に叩きつけ始めた。  少年は抜き身の刀に釘付けになり、身体を強張らせる。 「息子が勉学しか取り柄がないなど、認めんぞ!」  鞘を畳に叩きつける音がやむ。  鞘を息子に向けて振り上げた瞬間――障子が一気に開いた。 「邪魔するぞ」  霊斬は冷ややかな声で言いながら、土足で部屋に入った。 「なに奴!」  鞘を下ろして、陽一が叫ぶ。 「おい、坊主」  霊斬はその声を無視して、少年に声をかけた。 「振り返らず、自分の部屋に戻れ。俺のことは誰にも言うな、分かったか?」  少年はひとつうなずくと、部屋を去った。 「なんのつもりじゃ?」 「貴様には関係なかろう。息子を殴ろうとしたな?」 「言うことを聞かない奴には、そうするしかあるまい」 「なにを馬鹿なことを」  霊斬は鼻で嗤って、吐き捨てた。 「邪魔をするな!」  鞘を捨て、抜き身の刀をつかむと、霊斬に斬りかかった。  霊斬は素早く刀を抜いて、これを防ぐ。 「もう鞘を乱暴に扱うのはやめろ」  互いに鬩ぎ合いながら、霊斬が言った。 「あれはわしの物だ。どう使おうが、お主には関係ない」  霊斬は溜息を吐く。刀を押し返すと、陽一が体勢を崩す。  それをいいことに、霊斬は陽一の左肩を刺し貫いた。 「ぐあああっ!」  突如襲った痛みに、陽一は悲鳴を上げた。 「うるさい。あれは確かに貴様の物だが、それを作った人がいる。物を作る者なら誰でも、大事に使ってほしいと願う。貴様は、そんなことにも気づかない、愚か者なのか?」  陽一は言葉を無くす。  霊斬の話はまだ続く。 「息子のことだがな、勉学だけでもできるならいいと、なぜ思えない? 武士には確かにどちらも必要だが、揃わなくても武士としてやっていく道はあるはずだ。それを模索しようともせず、息子に当たるとはなんと馬鹿な奴」 「うっ……ぐうう!」  陽一は叫ぼうとして、刺されている左肩を動かしたために、痛みに苦しむ。  霊斬は黙って、刀を肩から引き抜くと、陽一は深く息を吐く。 「お主なんぞに、とやかく言われる筋合いはない……ううっ!」  霊斬は突っぱねたことを不愉快に思い、右脚を刺し貫いた。 「貴様が息子への文武両道と、鞘を雑に扱うことをやめてくれれば、俺だってすぐに帰れるんだがな」  敵相手に愚痴り出す霊斬。
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