第四章 鞘師

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「断る」  右脚から刀が抜けたと分かると、痛む身体を無視して立ち上がり、斬りかかってきた。左腕を斜めに斬られるも、霊斬は顔をしかめただけだった。 「なら、仕方ない」  霊斬は斬られたとは思えないほど静かな声で呟き、左腕をだらりと下げたまま、刀を振り上げた。  無抵抗な相手を傷つけるのは、性に合わんが仕方がないと諦め、四肢に狙いを定めた。 「やめろ!」  霊斬はその声を無視して、四肢を斬り刻んだ。 「貴様の息子も、ずっと怯えていた! いつ、貴様が刀を手に取るかと!」  斬り刻みながら、霊斬が怒鳴った。  四肢が血塗れになるまで、霊斬の動きは止まらなかった。 「……そうか……」  息も絶え絶えになった陽一はなにかに気づいたように呟く。  ――怖い思いをさせていたのか。  内心で思うと、自然と謝罪の言葉が口をついて出た。 「すまぬ……」 「もう鞘を雑に使うな」 「……分かった」  その言葉を聞いた霊斬は、血のついた刀を振って、鞘に仕舞うと、痛む左腕を庇いながら、屋敷を後にした。  様子を屋根裏から眺めていた千砂も、天井の板を嵌め直すと屋敷を去った。  霊斬は左腕をだらりと下げたまま、屋根を歩いていた。この日は雨が降っており、すぐにずぶ濡れになった。  走りたいところだが、傷に障るような気がしてできずにいた。 「霊斬」 「どうした?」  駆け寄ってきた千砂に対し、霊斬は静かな声で聞いた。 「このまま四柳さんのところへ向かうのかい?」 「いや、着替えてからだが?」 「そうかい」  千砂はそれだけ聞くと、足早に霊斬の傍を離れた。  千砂は足早に隠れ家へ寄ると、手早く着替えて診療所へ向かった。  戸を叩くと、不機嫌そうな四柳と目が合った。 「嬢ちゃんか。入んな」  四柳は短く告げると、千砂を部屋へ連れていった。 「霊斬は?」 「まだだ。怪我、してないか?」 「大丈夫だよ」 「なら、いい。……霊斬か?」  戸を叩く音が聞こえてきたので、四柳は言いながら、表へ向かった。 「きていたのか」  霊斬は普段となんら変わらない声で、千砂に声をかけた。 「そんなことより治療が先だ」 「分かった、分かった」  霊斬は言いながら、奥の部屋へ向かった。
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