第五章 団子屋

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「その人物とは?」 「〝因縁引受人〟またの名を霊斬というお人だ。恨みを晴らしてくれるらしい。この感情が、恨みなのかは分からない。でも、なんとかしてほしいんだ」 「……分かった。修理前のなにか刃物はあるか?」 「店の娘から借りてきたんだが、これでいいか?」  親父は懐から、懐刀を出し、床に置いた。 「確かに。では、ひとつ尋ねたい」 「なにを?」  親父が首をかしげる。 「因縁引受人の正体を誰にも明かさないこと。そして、人を殺めぬこの俺に頼んで、二度と後悔しないか?」 「なんだと……!? 分かった、約束しよう。後悔もしない」 「ならいい。それから、その客の名は知っているか?」 「……(ひの)()(とし)(ろう)」 「七日後に、また会おう」  霊斬は頭を下げた。  団子屋の親父が帰った後、霊斬は思案する。  前に、団子屋を訪れたとき、一人の男を止めたことを思い出した。  ――あの男か。面倒なこと起こさなければいいが。  霊斬は内心で溜息を吐いた。  それから、夜も更けたころ、霊斬は隠れ家に足を向けた。  戸を叩くと、無言で千砂が出迎える。  部屋の中ほどまで進むと、霊斬は壁に寄りかかり、胡坐をかいて座った。  彼に向き合うように、正座をした千砂は、口を開いた。 「それで、なんの用だい?」 「日出敏郎を調べてほしい」 「一晩、くれるかい?」 「分かった」  霊斬はそれだけ聞くと、隠れ家を後にした。  霊斬は店にこもり、団子屋の親父から預かった懐刀の状態を見ていた。  何度か使われた形跡があるものの、大したことではないのか、切れ味はさほど落ちていなかった。  そのままでもいいかと思ってしまうくらいだったが、そういうわけにもいかないかと思い、目の細かい砥石を取り出して、研ぎ始めた。  その日の夜、千砂は日出家に忍び込んだ。  屋敷はそこまで大きくなく、三流の武家かと思われた。  屋敷の規模だけで、武家の地位など、簡単におしはかれるものではないが。  そう思いながら、屋根裏に向かう。  天井の板が軋み、千砂は思わず動きを止める。  しばし待つ。  真下を歩いていた足音が再開された。  千砂はほっと胸を撫で下ろし、音もなく駆け出す。 「なぜ、あの子は振り向いてくれもしないんだ」  という声を聞き、千砂はその場で足を止める。天井の板をそうっとずらし、様子を盗み見た。    室内には、酒を呑む一人の男がいた。 「とても可愛い子なのに、怯えた様子で逃げていく。前はしくじった。今度こそは……」
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