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「その人物とは?」
「〝因縁引受人〟またの名を霊斬というお人だ。恨みを晴らしてくれるらしい。この感情が、恨みなのかは分からない。でも、なんとかしてほしいんだ」
「……分かった。修理前のなにか刃物はあるか?」
「店の娘から借りてきたんだが、これでいいか?」
親父は懐から、懐刀を出し、床に置いた。
「確かに。では、ひとつ尋ねたい」
「なにを?」
親父が首をかしげる。
「因縁引受人の正体を誰にも明かさないこと。そして、人を殺めぬこの俺に頼んで、二度と後悔しないか?」
「なんだと……!? 分かった、約束しよう。後悔もしない」
「ならいい。それから、その客の名は知っているか?」
「……日出敏郎」
「七日後に、また会おう」
霊斬は頭を下げた。
団子屋の親父が帰った後、霊斬は思案する。
前に、団子屋を訪れたとき、一人の男を止めたことを思い出した。
――あの男か。面倒なこと起こさなければいいが。
霊斬は内心で溜息を吐いた。
それから、夜も更けたころ、霊斬は隠れ家に足を向けた。
戸を叩くと、無言で千砂が出迎える。
部屋の中ほどまで進むと、霊斬は壁に寄りかかり、胡坐をかいて座った。
彼に向き合うように、正座をした千砂は、口を開いた。
「それで、なんの用だい?」
「日出敏郎を調べてほしい」
「一晩、くれるかい?」
「分かった」
霊斬はそれだけ聞くと、隠れ家を後にした。
霊斬は店にこもり、団子屋の親父から預かった懐刀の状態を見ていた。
何度か使われた形跡があるものの、大したことではないのか、切れ味はさほど落ちていなかった。
そのままでもいいかと思ってしまうくらいだったが、そういうわけにもいかないかと思い、目の細かい砥石を取り出して、研ぎ始めた。
その日の夜、千砂は日出家に忍び込んだ。
屋敷はそこまで大きくなく、三流の武家かと思われた。
屋敷の規模だけで、武家の地位など、簡単におしはかれるものではないが。
そう思いながら、屋根裏に向かう。
天井の板が軋み、千砂は思わず動きを止める。
しばし待つ。
真下を歩いていた足音が再開された。
千砂はほっと胸を撫で下ろし、音もなく駆け出す。
「なぜ、あの子は振り向いてくれもしないんだ」
という声を聞き、千砂はその場で足を止める。天井の板をそうっとずらし、様子を盗み見た。
室内には、酒を呑む一人の男がいた。
「とても可愛い子なのに、怯えた様子で逃げていく。前はしくじった。今度こそは……」
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