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――なんだい、そりゃあ。
懲りるどころか、余計に厄介なことを起こそうとしているように思え、千砂は思わず掌を額に当てた。
やけ酒と不満を吐露する様子に、呆れたというように溜息を吐いた千砂は、屋敷を去った。
翌日、霊斬の店にいこうとした千砂を止めるかのように、来客を告げる戸の音が響いた。
戸を開けると、霊斬の姿があった。
「出がけに悪い。今、いいか?」
「構わないよ」
中に霊斬を招き入れると、千砂はお茶を出した。
驚くわけでもなく、霊斬は無言でお茶を飲んだ。
「それで、日出家はどうだった?」
「なにか、良からぬことを、考えているふうだったよ」
「良からぬこと?」
霊斬が聞き返す。
「推測だけど、店の娘になんらかの、危害を加えようとしているように感じたよ」
「それは、いつだ?」
お茶を飲む手を止めて、霊斬は尋ねた。
「分からない」
「しばらく、俺が店を見張る」
「いいのかい?」
「夜だけだ、心配いらん」
霊斬はぶっきらぼうに言った。
「分かったよ」
霊斬の言葉に、千砂はうなずいた。
霊斬はひらりと片手を振ると、隠れ家を後にした。
その日の夜、霊斬は黒装束に身を包み、腰から黒刀を下げると、団子屋の物陰に隠れて様子を盗み見た。
店はとうに閉まっているが、店の奥で賑やかな声が漏れ聞こえてくる。
そんなことが微笑ましいと感じた。こんなに幸せそうなのに、脅威が迫っているとはとても考えにくい。
こういう普通の家に限って、目に見えぬ恐怖が待ち構えているとなると、気が重くなる。霊斬は思わず顔を伏せる。
その横顔はとても暗く、憎悪に満ちていた。
人通りは少ない方で、不審な動きをしている者もいない。
霊斬は真夜中になるまで、見張りを続けた。
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