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翌日、霊斬は隠れ家を訪れた。
「きたかい」
「ああ」
顔を出した千砂に、霊斬はうなずいて見せた。
「首尾は?」
霊斬は部屋に上がると胡坐をかいて、本題を切り出した。
「五年前に起きた刃傷沙汰だけど、伊佐木史郎は否定している。自分は覚えていないとの一点張りさ」
霊斬は溜息を吐いた。
「どうしようもないな」
「本当にね。自分で斬ったのに、事故だと言っていた」
「事故であるはずなかろうが」
霊斬は冷ややかに吐き捨てた。
「そうだね」
千砂はそう同意した。
霊斬はそれだけ聞くと、無言で隠れ家を後にした。
それから数日後、依頼人の女が再び姿を見せた。
女を中に招き入れると、口を開いた。
「それで、どうでしたか?」
「伊佐木は、あの出来事は事故だ、と言い張っています」
「人を亡き者にしたというのに事故? そんなの、違います!」
女は怒りをあらわにする。
「でしたら、当時の状況をお話し願えますか?」
「はい」
女は言って、遠い目をした。
今から五年前の冬、一人の客が店を訪れた。酒が欲しいというのでためしに呑んでもらったところ、美味いと喜んで何度も呑んだ。この店の酒は度数が高く、少量呑んだだけでも酒が弱い人なら酔ってしまう。
酔っぱらった客に帰るように告げたのは、気丈にも店番をしていた十代後半の妹だった。
「無理に今日、お買い上げなさらなくても構いません。今日のところは、これでお帰りください」
「断る! この店にある酒を全部、ためしに飲んでから帰る!」
酔っているのに、舌を噛まないことが不思議だ。駄々っ子のように言い張る。
それをなんとか抑えようとしていた若い武士が何度も謝りながら、主の手から盃を取り上げようと試みる。しかし、本人が離そうとしない。
その場にいた誰もが困り果てていると、若い武士からの拘束を振りほどこうと、男は小太刀を抜いて、めちゃくちゃに振り始めた。
慌てて周囲の者が離れたが、店番をしていた妹だけが、離れる瞬間を逃し、斬りつけられてしまった。運が悪く、胸を斬られてしまい、妹は即死だった。
先ほどまで騒がしかった店が、一瞬にして静まり返る。
それでも酒に呑まれている男は、なにごとかを叫びながら、店を出ていった。
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