第五章 団子屋

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 霊斬は低い声で言い、刀をさらに奥へと一息に突き刺した。  男は思わず顔を上げ、声なき悲鳴を上げる。そのときですら、霊斬の左手は離れなかった。  刀は男の右肩を貫いた。  先ほどまで嫌というほどあった、肉の反発が嘘のように消えた。  ――さすがに痛むな。  涼しい顔をしながらも、内心で左腕の痛みに堪えながら、霊斬は思う。  霊斬はもう腕が限界を迎えていたこともあり、一息に刀を抜いた。  嫌な音と男の籠もった悲鳴が響いた。  脂汗をかき、荒い息を繰り返している男を一瞥し、ようやく手を離す。  男は腰を抜かし、地面に膝をついた。ようやく自由になったので、空気を思う存分吸う。  霊斬は左腕をだらりと下げると、指先からぽたぽたと鮮血が滴り落ちる。 「もう、二度と、ここへくるな。またくるのであれば、貴様の死に場所が決まったものだと思え」  痛みに顔をしかめながら、霊斬が告げると、男は(おのの)き、逃げ出した。 「ひやひやさせるんじゃないよ」  屋根を飛び降り、溜息を吐いた千砂が言った。 「いつからそこにいた?」  道の真ん中に、暗いが、誰のものか分からぬ血溜まりを一瞥した千砂が答える。 「最初からさ」  霊斬は無言でうなずきもせず、ゆっくりと歩き出す。  千砂も同じく、無言で霊斬の傍までいくと一緒に歩き出した。  帰り道の途中でいったん別れた二人は、それぞれにいつもの恰好に着替え、四柳の診療所へ向かった。  先に着いた千砂が、状況説明をしていると、戸を叩く音が聞こえてくる。 「ちょっと待ってな」  四柳はそれだけ告げると、黙って戸を開けた。  いつも通りの褐色の着物に身を包んだ霊斬の姿があった。  左腕から左手にかけて、鮮血がべっとりとついていた。左手が真っ赤に染まっていたのだ。 「さっさと上がれ」  霊斬は痛みに顔をしかめ、懐から手拭いを取り出すと、手に巻きつける。  それを終えると、四柳の後に続いて部屋に向かった。  その様子を千砂は黙ったまま見ていた。
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