第五章 団子屋

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 霊斬は冷ややかな声で言った。 「あんたの心と身体は、あんたの物だ。依頼人の物じゃない。なのに、どうしてそこまで……!」 「犠牲にする道を辞めない、か?」  彼女の言わんとしていたことを汲み取った霊斬は、言葉を続けた。  千砂は涙を拭いながらうなずく。 「自分のために生きようとしたこともあったが、それはつまらなかった。面白くないんだよ、なにもなく平和な時代は」 「つまらないって……」  千砂は思わず溜息を吐く。 「少しくらいの危険もあったほうが面白い。俺はな、今、充実しているんだ」 「あんたの侵す危険は少しなんてもんじゃない!」  千砂が苛立ちをあらわにする。 「そうだな。だが、これでいいんだ」 「これでいい……?」  霊斬の静かな声に、千砂が首をかしげる。 「俺が決めて、始めたことだからだ」  霊斬は氷のように冷たい声で言った。  ――霊斬は覚悟を決めている。最初から。周りがなんと言おうと、そこだけは決して折れない。変わらない。自身が苦しむという事実を捻じ曲げても、霊斬は生きようとしている。その生きる執念には頭が上がらないが、もっと他に、方法はあるはずだ。それを言ったところで、霊斬は聞く耳を持たない。 「……そうかい」  四柳が部屋に入ってきた。 「ずいぶん騒いだようだが、女を泣かせるのは感心しないぞ、霊斬よ」  霊斬は苦笑するしかない。 「そうだな」 「嬢ちゃんはお前が心配なんだよ。なぜそれが分からない?」 「心配など、されたことがない」  霊斬の静かな声に、四柳は溜息を吐く。 「心配なら、おれだってしてるぞ」 「お前もか?」  霊斬は驚いたように目を(みは)る。 「いつ死んじまうか分からないんだ。致命傷を負ったことも少なからずあるだろう。それに加えてお前は治りきっていない傷が多すぎる。いつ古傷が開いてもおかしくない。そんな身体だから、心配するんだよ。お前が心配ないと言ったところで、説得力はない」  四柳は、はっきりと告げた。その後、二人を一瞥した後、部屋を去った。 「……そうかもしれないな」  四柳に言われて、霊斬は苦笑するしかない。 「千砂」
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