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霊斬が声をかけた。
「なんだい?」
「もう泣くな。俺は変われないが、ひとつ、約束してくれ」
千砂は首をかしげる。
「約束?」
霊斬はひとつうなずくと、言葉を続けた。
「俺のように、感情をすべて抑え込むような人間にはなるな。哀しいなら哀しい、痛いなら痛いと、正直な人間であってくれ。……俺はもう、そんな人間にはなれない」
霊斬は遣る瀬無い声で言った。
「分かった」
千砂は再び目に涙を溜めて、うなずいた。
「ならいい」
霊斬は安堵したように笑ってみせると、痛みに顔をしかめた。
「お大事に」
千砂はそう告げると、席を立った。
「……ありがとう」
霊斬はぽつりと告げると、眠りについた。
それから数日後、まだ左腕の晒し木綿が取れない霊斬は、床に寝転んでいた。
すると、戸を叩く音が聞こえてくる。
「開いておりますよ」
霊斬が身を起こし、そう声をかける。
戸が開き、団子屋の親父が顔を見せた。
「どうぞ」
霊斬はそう言って、姿勢を正す。
「娘になにかあった?」
団子屋の親父は、開口一番に言った。
「なぜ?」
霊斬が静かな声で告げる。
「娘が夜中、うなされている。殺さないでくれ! と叫んで目が覚めることもある」
「実は、今から五日前の夜、みたきさんを訪ねた者がいた。その者は彼女を殺めようとしていたから、それを俺が止めた」
淡々と霊斬が告げると、親父は納得したようにうなずいた。
「そうか。……これを」
親父は言いながら、銀五枚を差し出した。
「感謝する」
霊斬は礼を言いながら、それを袖に仕舞った。
「またのお越しをお待ちしております」
「また、団子、食べにおいで」
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