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第六章 小料理屋
それから一月後、一人の客が霊斬の店を訪れた。
「いらっしゃいませ」
霊斬が出迎えると、一人の女と目が合った。
見た目は霊斬より少し上の三十ほどか。
女は黙ったまま、会釈する。
「こちらへどうぞ」
霊斬が手で奥を指し示すと、女は後をついてきた。
「して、私になんの御用ですか?」
「〝因縁引受人〟という御方をご存じありませんか? その御方と会えなければ、私から話すことはございません」
「……分かりました。私が因縁引受人、またの名を霊斬と申します。本日はどのようなご依頼でしょうか?」
霊斬は溜息を吐いてから言葉を続けた。
「本当に、あなたがそうなのですか? なにか証はありませんか」
「証?」
霊斬は名乗ったのにもかかわらず、怪しむ女を怪訝そうに見る。
――ここまで怪しむ客は初めてだな。
霊斬は内心でそう思いながら手短に告げた。
「少々、お待ちください」
霊斬は席を立つと、女から離れて盛大な溜息を零す。
――証として見せられるもの……か。
隠し棚に仕舞っている黒装束一式と、黒刀を取り出して思案する。
霊斬は黒装束を元ある場所へ仕舞い、黒刀を携えて、女を待たせている場所まで戻った。
「これが証にございます」
霊斬は女の前に正座をして、刀を目の前まで持ち上げる。静かに鞘を抜き、黒い刀身を見せた。
「……分かりました。私は小料理屋の娘です。婚姻関係の男がいるのですが、この御方、暴力を振るってくるのでございます。それをなんとかしていただきたいのです。そのくせ、結婚を迫られているのです」
――そんなもの、別れればいい。それだけの話ではないか。
霊斬は内心で溜息を吐いた。
女の手に視線を落とすと、痣がいくつかあるのを見つける。
顔こそ傷ついていないものの、身体はぼろぼろかもしれない。
――早急に解決せねばならん……問題ではあるか。
霊斬は沈黙ののちにそう判断し、声をかけた。
「そのお方の名を教えていただけますか?」
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