第六章 小料理屋

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 心外なという顔をする霊斬。 「そうだよ、あたしに江戸中の呉服問屋を回れって言ってんだから。その手間が省けただけでも、だいぶ楽だよ」 「そうか。あとは任せる」  霊斬はうなずくと、隠れ家を後にした。  千砂は隠れ家を出て、湯屋に向かった。 「おや、千砂ちゃん。ごゆっくり」  湯屋のおかみが声をかけてきた。 「ありがとうございます」  千砂は礼を言いながら女湯へ。ここは今の時代珍しく混浴ではない。  この時刻は誰もおらず、貸し切り状態だった。  身体を手早く洗い、大きな湯船に、肩まで浸かると、溜息が零れる。  ――幻鷲霊斬。その身に〝痛み〟のすべてを引き受けた男。彼の送ってきた人生は壮絶なものだ。昔話をするように彼は淡々と語って見せたが、よほどの苦痛や困難があったことだろう。やはり、あの男はとても哀しい。それでも、生きる執着は人一倍強い。ずっと近くで見てきたから、分かるのだ。哀しいくせに、誰よりも優しくて、強い。孤高と言ってもいいくらいだ。 「……少しくらい、頼ればいいのに」  思わず不満が零れた。  ――せめて、四柳さんや、あたしに。  千砂は内心で言葉を続ける。  ――あんなに傷だらけになっても、一人で抱え込もうとする。本当にある種の馬鹿とも言える。平気な顔をして痛みに堪えているのだから、そこは不思議としか言いようがない。  湯に浸かり、思う存分伸びをすると、千砂は湯船から上がり、脱衣所へ向かった。  手早く着替えると、物音がして別の女が入ってくる。  ちらりと一瞥した後、湯屋を去った。  隠れ家へ着いた千砂は濡れた髪を押さえながら、思案する。  ――霊斬のことばかり考えているなぁ。  そのことに気づき、彼女は苦笑する。  ――あの男は今、なにを思っているのだろう?  水を飲みながら、千砂はそんなことを思っていた。  そのころ、霊斬はというと。  人がほとんど入らない時刻に湯屋へいき、汗を流すと、そそくさと帰ってきた。  濡れた髪をそのままに、徳利と盃を引っ張り出す。  怪我をしていたのと、気が向かなかったので、酒を呑むのは久しぶりだった。  とくとくと盃に酒を注ぎ、ぐいっと煽る。
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