第六章 小料理屋

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 戸を叩くと、不機嫌そうな顔の霊斬と目が合った。 「さっさと入れ」  冷ややかな声で告げると、千砂は素早く戸の間に身体を滑り込ませ、静かに戸を閉めた。  奥の方には空の盃と、酒の入った徳利が置かれている。  ちょうど、酒を呑むところだったらしい。 「邪魔して悪かったね」 「まあ、いい。……どうだった?」  霊斬は尋ね、お茶の用意をして、床に湯飲みを置く。  目しか見えていない頭巾を外した千砂は、「どうも」と言いながら、正座をして話し始めた。 「徳助は毎晩、依頼人に暴力を振るっている。顔以外をね」 「どうしようもない奴だな。暴力を振るう理由については?」 「分からない」 「そうか」  霊斬は酒を盃に注いで、ぐいっと煽った。 「小料理屋の場所は?」 「この先の角を曲がってすぐだよ」  千砂も湯飲みに口をつけ、お茶を飲んだ。 「これは、あたしの推測だけれど」  と前置きをしてから、千砂が喋り出した。 「怒りの矛先を彼女に向けることで、己を保っているんじゃないかね?」 「そうかもしれんな。他に考えられるとしたら、責任転嫁か」  千砂はお茶を飲みながら、うなずく。 「決行日まで、まだ時がある。武器も持たない者を傷つけなければならんとは、気が重い。だが、このままにはしておけん」  霊斬は溜息を吐く。 「ごちそうさま」  千砂はうなずくと、足早に店を後にした。  千砂が店を去った後、酒の入った盃を(もてあそ)びながら、霊斬は考える。  ――素手でもできるが、それだと、すぐに忘れ去られる可能性がある。やはり、刃物を持っていくべきか。  内心でとても物騒なことを考えている霊斬だったが、酒を煽って、溜息を零した。  翌日の夜、霊斬は千砂に聞いた小料理屋に向かった。 「この店の娘に用があるんだが、いるかい?」  まだ賑わっている店の中で、霊斬は声を張った。 「いますよ~、ちょっと待ってて」  この店のおかみがそう言うと、二階へ上がっていった。  しばらくすると、依頼人が顔を出す。 「なんの御用でしょうか?」  彼女を連れ、霊斬は店を去った。
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