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戸を叩くと、不機嫌そうな顔の霊斬と目が合った。
「さっさと入れ」
冷ややかな声で告げると、千砂は素早く戸の間に身体を滑り込ませ、静かに戸を閉めた。
奥の方には空の盃と、酒の入った徳利が置かれている。
ちょうど、酒を呑むところだったらしい。
「邪魔して悪かったね」
「まあ、いい。……どうだった?」
霊斬は尋ね、お茶の用意をして、床に湯飲みを置く。
目しか見えていない頭巾を外した千砂は、「どうも」と言いながら、正座をして話し始めた。
「徳助は毎晩、依頼人に暴力を振るっている。顔以外をね」
「どうしようもない奴だな。暴力を振るう理由については?」
「分からない」
「そうか」
霊斬は酒を盃に注いで、ぐいっと煽った。
「小料理屋の場所は?」
「この先の角を曲がってすぐだよ」
千砂も湯飲みに口をつけ、お茶を飲んだ。
「これは、あたしの推測だけれど」
と前置きをしてから、千砂が喋り出した。
「怒りの矛先を彼女に向けることで、己を保っているんじゃないかね?」
「そうかもしれんな。他に考えられるとしたら、責任転嫁か」
千砂はお茶を飲みながら、うなずく。
「決行日まで、まだ時がある。武器も持たない者を傷つけなければならんとは、気が重い。だが、このままにはしておけん」
霊斬は溜息を吐く。
「ごちそうさま」
千砂はうなずくと、足早に店を後にした。
千砂が店を去った後、酒の入った盃を弄びながら、霊斬は考える。
――素手でもできるが、それだと、すぐに忘れ去られる可能性がある。やはり、刃物を持っていくべきか。
内心でとても物騒なことを考えている霊斬だったが、酒を煽って、溜息を零した。
翌日の夜、霊斬は千砂に聞いた小料理屋に向かった。
「この店の娘に用があるんだが、いるかい?」
まだ賑わっている店の中で、霊斬は声を張った。
「いますよ~、ちょっと待ってて」
この店のおかみがそう言うと、二階へ上がっていった。
しばらくすると、依頼人が顔を出す。
「なんの御用でしょうか?」
彼女を連れ、霊斬は店を去った。
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