第六章 小料理屋

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 霊斬の店の裏側で二人は話していた。 「あれから、徳助はどうだ?」 「もう慣れましたけれど、暴力が酷いです」  依頼人はそう言って、腕をまくって見せた。腕は痣だらけになっており、直視するのも(はばか)られるほどだった。 「明日にはなんとかする。夜になったら、徳助を連れ出してくれ、ここに。後のことは気にするな、その足で医者にでもいくといい」 「……分かりました」  短い会話を終わらせると、霊斬はその場を去った。  その足で隠れ家に向かった霊斬は、戸を叩く。 「なんだい?」  家の中に入るや、霊斬は立ったまま言った。 「決行は明日の夜。場所は俺の店の裏だ」 「いいのかい? 変に疑われるかもしれないよ?」  千砂の心配は最もだが、それくらいどうとでも誤魔化せる。 「気にするな」 「……分かったよ。屋根の上から見させてもらう」  霊斬はうなずくと隠れ家を後にした。  決行日当日の夜、黒の長着に同色の馬乗り袴、黒の足袋、同色の羽織を身に着ける。隠し棚から黒刀を取り出して腰に帯びる。黒の布を首に巻いて、顎から鼻まで引き上げる。草履を履いた霊斬は、店を出た。  依頼人と待ち合わせた場所で、物陰に隠れて待ち構えていた。 「こんなところに連れてきて、いったいなんなんだ」  不満そうな男の声が、続いて女の声が、聞こえてきた。 「ちょっと待っていて」  その言葉に従った男から女は距離をとるとそのまま逃げ出した。  女がいっこうに戻らないことを不思議に思いつつも、男はその場に突っ立っていた。 「なにしているんだ、あいつは……」  男が溜息を吐く。  霊斬がちらりと上を見ると、見下ろしている忍び装束姿の千砂と目が合った。  それをなにごともなかったかのように無視し、霊斬は声を出した。 「人を待っているのか?」 「……ああ」  驚いたふうの男の前に、霊斬は姿を見せるも、真っ黒のため、目しか分からない。 「実は俺も、人を待っている」 「そ、そうなのか。あんたは誰だ?」  怪しいと思ったのか、男が警戒する。 「答える必要はない。貴様にひとつ、聞きたい」  霊斬は冷ややかな声で吐き捨てた。 「答えられることなら」 「徳助、か?」 「どうして名を……」  その言葉を遮って、霊斬は声を出した。
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