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「凄い活気……」
「驚いたか?」
霊斬がどこか嬉しそうに尋ねてくる。
「まあね」
千砂が苦笑する。
「ちょっと、待ってろ」
霊斬はそう言うと近くの屋台に向かって歩いていった。
千砂は賑やかな大通りに視線を向けながら、心が浮き立つのを感じていた。
――祭りに参加するのは、生まれて初めてだったから。
「そこのお嬢さん」
なにやら良からぬ気配を感じ取った千砂は、突然あらわれた男に目を向けるも、一言も発さなかった。
男が手を伸ばしてくる。それから逃れようと一歩身を引いた千砂だったが、近くの家の壁にぶつかってしまい、逃げ場を無くす。
男の下卑た顔が見えた瞬間――それを止める声があった。
「そこまでにしてくれ」
近づいてきた霊斬が言うと同時に、右足で男に向かって蹴りを入れた。
「ごふっ!」
腹の痛みに呻いて地面に座り込んだ男を、霊斬は冷ややかな目で睨みつける。
「失せろ」
霊斬が告げると、男が忌々しげに呟いた。
「男連れかよ、くそっ!」
男が腹を押さえながら、去っていくのを見送っていた千砂に、霊斬が声をかけた。
「ほら、食べるといい」
霊斬が小脇に抱えていた小さな包みを、千砂に渡してきた。
「あんたってさ、器用だね」
それを受け取りながら、千砂は思う。
中身を落とすことなく、あんな隙のない蹴りを繰り出せることに。
「これ、団子かい?」
千砂が聞いた。
「ああ、とりあえず、三色団子にしてきたが」
霊斬が言いながら、団子を頬張る。
「怒らないから心配しなくてもいいのに」
微笑んで千砂が言い、団子を一本手に取り、口に運んだ。
「大丈夫か」
霊斬は、唐突に尋ねた。
「さっきの男のことかい?」
霊斬はうなずく。
「平気だよ、あたしもだいぶ気が緩んでいたようだね。……引き締めないと」
「今日のところは、そのままでいい。せっかくの祭りなんだ、心ゆくまで楽しめばいい。俺が危険をすべて引き受けるから、気にするな」
普段より幾分か優しい口調で言う霊斬に、千砂は思わず微笑んだ。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
「お囃子が始まったぞ」
その言葉の通り、二台の舞台が、それぞれに曲を奏で始めた。
「この舞台が弾いているのが、原曲だ」
「他にもあるのかい?」
千砂の問いに霊斬がうなずく。
その曲が終わるまで、二人は団子を食べながら、聴いていた。
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