第七章 遊郭

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 千砂が帰った後、霊斬は左袖から、短刀を取り出す。  右手で弄びながら、考え込む。  ――俺もまだ、怯えているのかもしれんな。……かつて人を殺め続けた過去に。  素手で女一人守ることなど造作もない。だが、この時代、平穏だとはいえ、いつ危険が迫るか知れない。  殴るだけで収まる相手ならいいが、大抵はそれで収まるとも思えない。祭りだからこそ、警戒は強いに越した方がいい。祭りに気をとられているうちに、目に見えぬ闇が暗躍していることも十分に考えられる。〝楽しむ〟という感情を斬り捨て、どこか他人事のように感じるようになった霊斬だからこそ、そう言ったことにまで心を砕けるのだ。それは悲しいことかもしれないが、当の本人はそんなふうに感じることすらない。  霊斬は大きく溜息を吐くと、短刀を弄んでいた手を止めて、湯屋へと向かった。  翌朝、日が昇るころ、千砂が霊斬の店の前にやってきた。  しばらくすると、昨日と同じ恰好をした霊斬が、姿を見せる。  千砂をまじまじと見つめた霊斬は、ふっと笑う。 「……似合うじゃないか」  この日の千砂の恰好は、黄色い小袖ではなく、大きな紅葉が目を引く落ち着いた色合いの小袖だった。  その変化に目(ざと)く気づいた霊斬の言葉に、千砂は内心で喜びながらも、平然を装った。 「ありがと」  千砂はそれだけ口にすると、押し黙った。 「さて、いくか」  霊斬の言葉にうなずくと、千砂は後に続いた。  大通りに向かうや、大勢の人が立ち並ぶ店の前に並んでいた。  遠くからお囃子の音が聞こえてくる。 「そろそろか」  霊斬は、背の高さを生かし、街の南側を見つめて言った。 「なにが、そろそろなんだい?」 千砂は必死に背伸びをするも、人の壁に阻まれ、その先の光景を見ることができない。 「こっちだ」  霊斬はそう言うと、大通りのさらに北、人のいない場所へと連れていく。  人が多いところから離れているが、千砂はそれを口にせず、ついていった。  お茶屋の前で立ち止まり、店の前に出ていた椅子に腰かけた霊斬は、手招きをした。  千砂も椅子に座ると、南側からお囃子の音とごろごろという音が聞こえてくる。  視線を向けると、二本の綱を大勢の人がつかみ、舞台を引っ張っている。それも老若男女問わず。子どももいた。さすがに舞台の近くには若い男衆がいる。
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