第二章 米問屋

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第二章 米問屋

 それからしばらくして、店の戸を叩く音がする。 「いらっしゃいませ」  霊斬が愛想笑いを浮かべて、客を出迎える。  客は男。中肉中背で、歳は霊斬より上の五十くらいか。手には刀袋を持っている。  霊斬は商い中の看板を支度中にひっくり返して、戸を閉めた。 「こちらへ」  霊斬が手で示した方向に、男は歩き始めた。  二人で正座をして座ると、男はようやく口を開いた。 「ここにくれば、因縁引受人に会えると聞きました。あなたがそのお方なのですか?」 「はい」  霊斬は笑みをかき消して、静かな声で答えた。 「私は米問屋を営んでいます。ひとつ、頼みがあって参りました」 「頼みとは?」 「いろんな方へ米を売っております。ある武家の方に、通常よりの半分の値で売っています。相手の方がどうしてもとおっしゃるのでそうしていますが、もうやめたいのです」  霊斬はしばらく考え込んでから言葉を発した。 「でしたら、その武家に米を売らなければよいのでは?」 「そうしたいのはやまやまなのですが、大口なので、できないんです。仮にそうしたとしても、恨みを買われて襲われても困るのです」  ――店を守りたい一心か……。ずいぶんと困っているらしい。大量に買い入れているために、単価が安くても利益を出しているのか。 「店としては、どのように考えているのですか?」 「通常の価格で他の武家様にも売りたいのでございます」  ――自分でなんとかしろと言いたいところだが、困り果てている様子を見ると、そうも言えない。  霊斬は内心で溜息を吐きながら、言葉を発した。 「分かりました。でしたら、確かめさせてください。人を殺めぬこの私に頼んで、二度と後悔なさいませんか?」 「後悔などしません」 「引き受けましょう。では、その武家の名を」 「桐野(きりの)光郎(みつろう)でございます」 「修理前の刀はお持ちですか?」 「こちらに」  男は言いながら、刀袋を差し出した。 「拝見いたします」  霊斬は一言断ってから、刀袋に手を伸ばした。  中に入っていたのは小太刀だった。それも、武士が使いそうな(こしら)えのものだ。  この商人は武家の出かもしれないと思いながら、鞘を外し、刀身の状態を確認していく。  切れ味が相当落ちているだけだった。  霊斬は無言で刀を収めると、頭を下げた。 「では、七日後に、またお越しください」  その言葉を最後に、男は店を後にした。
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